第2話

文字数 898文字


再会

プロローグ

一九九五年三月十九日、 日曜日。
リキュールグラスに注がれたアブサンが白濁したような、そんな空だった。
いつから、そこにあったのだろう。
 その酒場は繁華街から少し外れた路地に佇んでいた。

私は吸い込まれるようにして酒場の扉を開いた。
 店内は薄暗く、音も無かった。いや、微かに流れているのはビリー・ホリデーの『オール・オブ・ミー』だろうか。
その店は開店したばかりらしく、客は誰もいなかった。
私が目の前のぶ厚い一枚板のカウンターに近づくとバーテンダーが一人、近寄ってきた。
何を飲るか思案しているとバーテンダーが『よろしかったら、おもしろいカクテルがあるんですが』と持ちかけてきた。
 私は今夜の一杯目の酒をバーテンダーに任せた。
バーテンダーは銀製のシェーカーとミキシンググラスを用意すると、何やら酒の調合を始めた。
シェークの音が誰も居ない店内に響き渡り、アンティックな底の丸いカクテルグラスに薄緑がかった白っぽい液体が注がれた。
 次にバーテンダーは素早く、ミキシンググラスで何やら琥珀色の液体を撹拌し、何と先程のカクテルにフロートして私に差し出した。
 珍しい作り方で、やたら手間のかかるカクテルだ。
私はカクテルグラスに口をつけると、何だか夢の光景をみる想いがした。
冷たく、すっきりとした口当たりだが味わってみると、甘みのような、苦みのような、また、不思議なハーブの香りのする、そんなカクテルだった。
以前に出会った事があるような、、、。これがデジャブというやつだろうか。 私は思わずバーテンダーに目をやった。
 バーテンダーは黙ったまま、グラスなどを磨いている。
ちょうど、レスター・ヤングのサックスのソロが店内に流れだした頃、私は空のカクテルグラスと勘定をカウンターに置き、スツールを立った。
少々風邪ぎみの熱ぽい体を引きずって帰路についた時には、先程のカクテルの事や酒場のあった事すら、私は忘れていた。
その時の私は、ただ早く帰って寝る事だけを考えていた。
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