文字数 3,929文字

 入室。
 僕をいじめるためだけに、いじめられるためだけに役される一室への軽いお辞儀を忘れない。
 掛け時計は刻む気力を無くし、現時刻は不明。
 ゴミを投げていたゴミの足元横には黒ずんだスクールバッグが横たわり、金属バットに言葉のナイフが廃校のような静けさをぶち壊している。
 身勝手な反抗に相当腹を立てているらしいが至極当然のことであり、奴にはその権利もある。
 お待たせ、さあ犯せ。
 と早速ナメた口を利きたいところだが、先程からずっと気掛かりというか、ひっかかる違和感を拭えない。
 正体は紛れもなく、馴染みない奴の隣の顔。
 誰であったか、どこかで会ったか、まるで記憶にもない。
 脳の奥底から記憶を掘り出すよう努めながらそれを眺め続けるが、どれもやはり僕のベルを鳴らしてはくれない。
 こんな顔、うちのクラスにあっただろうか。

 それにしても。
 素晴らしく整い中性的、ニキビなんて一つもない清らかな肌に潤い輝く瞳。
 幼気な表情に艶かしさまで兼ね備えている。
 魅力的な百六十センチ程度の制服姿はビョルンアンドレセンに負けず劣らず。
 感激だ。
 こんな美人がいじめに参加してくれるのなら、これ以上に光栄で勿体無いことはないだろう。
 更にお互いの距離を詰め始めたと同時に、ラウンドショートらしき黒髪から仄かに香ったフローラルの匂いが心地よい。
 視線は明らかに外されているものの、この十数秒で一生分の目の保養権利を使い果たしてしまった気がする。



 腹を押された。
 もとい、蹴られた。

 不意の衝撃でバランスを立て直そうとも間に合わず、勢いよく頭から転倒。
 それも後ろ向き、受け身を取る暇もなく見事に後頭部を打ったのでこれこそ頭部打撲というやつだ。
 状況把握のための時間を碌に与えることもなく、床に打ち付けられたことをきっかけに痙攣を始めた僕の体にも容赦なく、倒れ込んで無防備になった僕の全身を満遍なく、ひたすら蹴り、そして蹴り続け、追い打ちをかける。
 僕のあばら骨むき出しの腹を真正面から強く蹴り飛ばすことができるのは、またこうやって接触も厭わず僕を痛めつけられる人間は消去法によって、見慣れない美人であろう。
 恐縮ながら、興奮してくる。
 足を通じた美の供給を期待せずにはいられない。
 ただ、脳に損傷を受けるだとか出血するだとかは日常茶飯事で別に怖くはなくとも痛いものはやはり痛い。
 きっと、距離の詰め方が悪かったのだろう。
 僕はそういったセンシティブな空気を読むことに長けていてもまだ長け始めてもないが、きっとこういう失敗や痛みを乗り越えることで人は学び、そして強くなれるのだ。

 視界はぼやけ、体中の青アザが傷む。
 同時にふわふわして、どこか心地よい。
 懲りず細く美しい足を道筋に顔面を眺める。
 惚れ惚れ。
 図々しい虚しさを感じながらどれだけ見つめてもやはり、僕を見つめ返してはくれない。
 悲しみよ、こんにちは。
 そして恐らく、いい加減僕の視線に堪え兼ねてしまったのだろう。
 真正面でその見た目からは想像もできないほど低く、かすれ気味の声で漏らされた小さな呟きを聴いた。
 情けを知らない女子校生の立証には、この一言で事足りるだろう。



 「キモい」



 思えば、声を聴いたのは初めてだった。
 初めて、なのに確信は揺るぎない。
 恋心を抱いていた人間に触れられることによる高揚感、その恋心が一瞬にして全壊したことによる絶望感。
 加えて胴体が、胴体も、動かせない。
 送る信号が一向に作用しない焦燥感は着々と募る。
 失礼を承知でこういうことかと、身体障がい者の気持ちを少しだけ理解できた気がする。
 あっという間に興奮は冷めて、内側からの鈍痛に目から、鼻から、口から、耳から、液を分泌させていく。
 心にナイフが刺さったみたい。



 痛い
  いたい
    イタい



 スクールバッグをひっくり返されたようで、何を思ったか奴がひっくり返したようで、視界の端で何キログラムかの荷物が次々と床に打ち付けられていく風景はまるで僕の射幸心のよう。
 教科書、水筒、薬ポーチ、画鋲など多種多様な小物が飛び出す中、奴はそれらに紛れていた赤いカッターナイフに着目、近づいた。
 どうせ切る機会もないくせに、一丁前に持ち歩きやがって。
 それを見て考えて、立場を弁えることを忘れて人様に特別な感情を抱いてしまった自分への戒めに難航していた僕のもとに寄ってきた奴が、一切の気迷いなく僕の左腕を切りつけた今朝の十分休みを微かに思い出した。
 障害者の恋なんて、どう発展させたところで最終的には誰かを傷つけ堕とすだけの害毒。
 甘味成分ゼロ、ひたすら酸っぱい僕の初恋はこうして幕を切り下ろしていく。
 片想いだとか青春だとか、僕にはそぐわなかったのだ。

 痛みと悲しみで身を捩ることもままならない僕の目の前へそれを蹴り飛ばし奴が、ニヤけ顔を軽く傾けている。
 息ピッタリの掛け声。
 シーネ
 シーネ
 シーネ
 シーネ
 シーネ
 シーネ
 シーネ 
 現実から目を背けようと、踠き始めた僕を逃がすまいと。
 昼休みの開始を知らせるチャイムとアナウンスは無情にも僕を引き戻し、封じ込めた。

 体を丸めるダンゴムシ。
 言われ慣れたはずの言葉。

 こうなることくらい知っていた。
 最初から、同類だって分かっていた。

 それでも、好きだった。
 好きだった。

 信じ込んだ。

 祈った。


 何の役にも立たなかった。



 気づかれていないだけなら、まだ希望はある。

 気づいた上で黙認し、時に便乗してしまうのなら。



 もう、死ぬしかない。




















 蓋の外れた水筒が漏らす水を口に流し込みながら、そばの薬ポーチからポテトチップスを頬張るように大量の錠剤を口へ運び、手首の三センチから五センチ下に刃を深く差し入れる。
 これまでの人生で幾度となく味わってきた苦しみと焦燥感から解放される記念すべき瞬間。
 腕を伝い、タイルカーペットに滴る血液を茫然と眺めながら、意識を失うまでの途方もなく長い時間の中、噛み締める幸福感。

 奴に助けられるとは、想像もしていなかった。
 何かに取り憑かれたように奴が上げた金切り声は教室に収まりきるはずもなく廊下に響いて耳障りだが、こればかりは目を瞑ろう。
 少しの集客効果は期待できるかもしれないけれども、どのみち邪魔されるものなんてもう何もない僕にはどうだっていい話。
 溶けるようなヨンシーの歌声が僕に、お休みと語りかけるような音色を作り上げて奏する。

 辺りは暗くなり、耳閉感で目玉が重い。

 同時にふわふわして、どこか心地よい。

 環境音すら、今では碌に聞こえない。

 私の、靑春
      あ
       れ、 あのバッグ誰の
     クソ女は行った、はしって
     バッグに目くれず去ったけど

      でも女又の小さくなっていく、中
      ど、かに行こうもしない
            ノ
           と
     ぼくを見下ろす人が一いる、ここ
     泣いてるのわらってんのどっーち
      あ、ハッグ
     体カタ見たら小きざみにふるえさむそう。
     一、ぼくのスカートにヒザのせた、
                  かさなった
                  すわったっ、
              へたりこんた、、
        ナエのくろいそで、ぼくのとおなじの
      ゆび つまむ

     スル二
      、
     あら二しい子
     「
     ロシュツしたうで美しいはずにおもってたけど
        しにかけでもすごい見えるれくら
     夥
      毛と切ったアト、あとアトピ いーイタイイ
     まざってたーーー
        、  シランプリ ゴメン
         ゴメンつごういくぷりごめんパー、
                  えょ
     ナイフ耳らないてうこかなかえ
           六六         てかえし
      六六六六   六    六 六   
          六六六六 六六六  六    キ
      六 六六六  六   六   六 らない
     六で六六六六六六六六六六六六六六六六だ
              、

        とびそういきそしにそた めすき大す
     き 、
           つたえた、いの  アアア
           つたえたいの
      うえ。。。。。。。。おくびょょの
           みつめてを
        ッッみたいゅもっとヤダ  、えれのあ
         十ー十ー    ーーフ   目
      レ   。 。ーレノ  く お

          いやいややややヤっいヤっヤ
       イヤイヤヤヤヤセセ セセセセ ヤ
            「    いかないでヱア ア
     、

        、、、、


              、、、、、、、、、、、


      おとろき、よろこひ 女又り 非しみ
     あま         心  ー   と
       りおきすき後かい

     何て

      このいきハ泣いかん靑
     たれにトトくこと、ない消えって  なー

       ってく未未っかく言、し、ま
       また言ったない、
     、ひと。のコ、  
          あた二ま  く
            ノ    く
                  く
          ぃっは い十ーーーく ナ
                   マ
                    マ  ー フフ
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