第4話   物語の始まり

文字数 2,088文字

イタリアとの出会い。
2002年、8月下旬頃だったと思う、よく見ていたテレビの旅番組で、その日はイタリアが紹介されていた。それまで全く海外旅行に興味がなかったのに、あのイタリアの風景や食べ物を画面で見ながらとっさに「ここに絶対行ってみたい!」と強く気持ちを揺さぶられた事を、今でも鮮明に覚えている。ちょうどその時期は、2年ほど働いていた飲食の仕事を辞めたばかりで、次の就職先を思案しているところだったので、割とすぐに決断できた。又どこかに就職してしまうと長い休みを取ることなど難しいだろうと思ったから。すぐにパスポート申請の手続きをし、母とツアーに申し込み、10月中旬に初めての海外旅行に出発した。

 30歳直前にして挑んだ初の海外旅行は、 最高で最悪の旅となった。団体グループの中での母の言動に、ずっと不快感をもちながら過ごした。私が社会人になってすぐくらいまでは、二人でよく旅行にいっていたものの、だんだん私の付き合いの幅が広がったくらいから、そして男性と付き合う様になってからは特に、母との関係は悪化していた。ただ何度か転職をしながら割と奔放にしていたあの時期は、それでも何かと協力してくれていたし、私の誘いに二つ返事だった母をなんのためらいもなく旅のパートナーに選んだ。ところが、ツアーの仲間と打ち解けてきたあたりから、母の言動にいらだちを感じ始めた。29歳でまだ独身でいた私の事を罵ったり、以前銀行に勤めていた事を自慢したり。相変わらず、その場の空気をまったく読むこと無く思っている事をそのまま発言する。本人は裏表の無い性格だと前向きにとらえているみたいだけど、娘の立場からするととんでもない。それでも母は、すでに何度か海外旅行を経験していたし、そういう意味では頼りにできるだろうと。なんだかんだいっても、母であることに変わりはないのだからと。残念ながら、その期待とは裏腹に、相変わらずの母の性格を、思い知る結果になった。旅の後半は、必要な事以外は、母と会話する気にもならなかった。そんな状態だったにもかかわらず、イタリアの各地を周りながら魅了され続けた。早朝から夜遅くまでハードなスケジュールではあったけど、目にするものはテレビの画面から受けた印象以上で、常に五感を刺激された。それは食べ物やワインの美味しさだけではなく、ウインドーに飾られた最新モードファッションではなく、顔を洗う時に感じた水の感触だったり、空や海、木々の色だったりした。母に対する嫌悪感を持ちながらも、その一方で、イタリアの存在感に圧倒された旅だった。日本へ戻り、それから数日たっても、数か月たっても、数年たってもずっと脳裏に「イタリア」があった。

 それから5年後、今度は友達とフリープランでイタリアに旅立った。派遣社員として働いていた時期、心置きなく一週間の有給をとることができた。ローマ往復チケットと、空港とホテルの送迎のみのプラン。英語もイタリア語もほとんどだめな二人でなんとかこなす事となる。雑誌で見て絶対に行こうと決めていたオルヴィエートへの電車チケットは、幸い日本の旅行会社のローマ支店にて購入ができた事は幸運だった。その当時、オルヴィエートの街は、まだあまり観光化されておらず、10月の後半で平日ということもあってか、静かでひっそりとしていた。城壁に囲まれた中世の面影が残る街、趣のある通りにある工房やカフェの佇まいに心躍り、何度もカメラのシャッターをきった。昼食にと入った小さなレストランの中庭で、軽食とワインを楽しみながら、イタリアに戻れた事にあらためて歓喜した。その5年前のツアー旅行で印象的だったポンペイへは、一日ツアーを利用して再訪した。その時の日本人ガイドの女性は、一見とても控えめな印象の方だったけれど、訪れたポンペイで知り合いらしきイタリア人の男性ドライバーと楽しそうに会話していて、話の内容すらわからなかったけれど、彼女の表情がとてもリラックスしていて、微笑ましい光景だった。

 ローマ最後の夜は、思い切ってヴェネト通りのレストランで食事をし、『ダリオ』というウェーターに出会った。彼はすでに2度日本に行った事があるといっていて、簡単な日本語での会話ができるほどだった。英語が不得意の私達にとっては、まさに好都合だった。彼の気の利いた接客のおかげで、それまでの旅の緊張感から解放され、ローマ最後の食事をより一層楽しんでいた。私達は美味しいワインの効果で上機嫌、彼も日本人の私達に接客できることが嬉しかった様に見えた。「仕事が終わったら友人のレストランで一緒にワインを飲みましょう!」と誘われ、それから後も、私達をトレビの泉に案内してくれた。深夜ひっそりと静まり帰ったローマの街、そして素晴らしい夜景は、翌日イタリアを発つ私達への思いがけないプレゼントだった。外国人をこんなに身近に感じたのは初めての事で、嬉しかった反面、英語もイタリア語もできない自分を情けなく思った。日本に帰ってからお礼の手紙を書こうとイタリア語の辞書を買った。2度目のイタリア、更なる思いが募った。
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