第2話 リーダーを探せ!
文字数 3,762文字
太平洋の半分を横切る旅をほんの数分で終えたエルビンは、北京に降り立った。
彼らの一人乗りアダムスキー型円盤は、周囲の色に溶け込むように、機体の色を自在に変える機能を持っているものの、明るい所ではどうしても景色を揺らめかせてしまうのだが、PM2.5のおかげで誰にも発見されず、エルビンはリモコンを使って機体を川に沈めて隠した。
毒々しく光る七色の川もそんな時だけは都合が良い。
エルビンは、M星で今回の調査の為に新たに開発されたばかりの音楽才能探知機を取り出して作動させた。
「オーケー、こっちの方角か、そう遠くはない様だな……待ってろよベイビー」
エルビンは機械の指し示す方向へ歩き始めた……腰をカクカクと振りながら。
(なんてこった、どうやら情報が古すぎたらしいな、こう注目を集めちゃ上手くないぜ、いや、それ以前に恥ずかしいったらないぜ……)
エルビンが歩く様を見て、道行く人が露骨に笑うのだ。
そうは言っても、プログラムの書き換えが必要、しばらくは我慢して腰を振りながら歩くほかはない。
「あの家だな? 助かったぜ、やっとこの苦行から抜け出せるってもんだ」
そこには馬聖という青年が住んでいるはず、そして彼こそがM星の誇る新発明、音楽才能探知機に選ばれし青年、すなわち、中国四千年の歴史上最高のロックン・ロールバンドのリーダーとなるべき青年なのだ。
目指す家の窓の一つから、キレの良い生ギターのストロークが聴こえて来てエルビンの腰を盛大にカクカクさせる、彼、馬聖はあの窓の向こうに居るに間違いない。
「オーケー、良い夢を見ろよ、子猫ちゃん……じゃなくて子馬ちゃんかな?」
エルビンは馬聖の部屋の窓に向けて、もう一つの新発明、夢生成機のボタンを押した。
馬聖は今夜、彼の運命を変えるような、彼の今後の指針となるような夢を見ることになるはずだ。
「ベイビー、今夜見る夢を忘れるんじゃねぇぜ、夢は叶える為に見るもんだ……どこへ行きたいか知らなけりゃ、そこへ着いてもそれとわからねぇだろう?……」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「こんなに寒いとは知らなかったぜ……」
ボビーはトレンチコートの襟を立て、への字に曲がった咥えタバコをくゆらせながらモスクワ郊外を歩いていた。
「まったく……バーボンがなきゃやってられないぜ」
ボビーのいでたちはアメリカのギャング映画から抜け出してきたようにしか見えない、早速、見るからに酔っ払っている熊のような大男が絡んで来た。
「このヤンキーめ、モスクワに何しにきやがった」
「思い出づくりってとこだ」
「ふん! おとといきやがれ」
「そんな昔のことは覚えちゃいないね」
「そういう舐めた口を利くと、ここで俺に出くわしたことを後悔しながら残りの生涯を送ることになるぜ」
「そんな先のことはわからねぇな」
「この野郎、その減らず口を塞いでやるぜ」
大男の大振りの右フックを難なくかわすと、ボディに一発ぶち込む、喧嘩には強いプログラムが施されているのだ、大男は腹を押さえてうずくまり、動けなくなった。
「おかげでモスクワでの最初の思い出ができたぜ、もっとも、あまり良い思い出じゃないがね……」
ボビーは音楽才能探知機に従って更に歩く、目標はもうすぐ近くにいるはずだ。
「冗談だろう? 機械の故障じゃねぇだろうな……」
ボビーが当惑したのも当然、音楽才能探知機が指し示した青年はギターでもベースでもドラムスティックでもなく、バラライカを携えていたのだ。
「故障じゃねぇにしても、民族音楽の才能に反応しちまったのか? ロックン・ロールをインプットしたはずだが……」
その青年は酒場らしき店に入って行く、ボビーももちろんその後を追った……この際バーボンじゃなければいけないなどと贅沢は言わない、ウォッカでもいい、何か飲まないことには気が滅入りそうだ……。
果たして、青年は飲みに来たのではなく、店の奥の、僅かに床を高くしただけの小さなステージでバラライカを弾き始めた……しかし、曲はロシア民謡ばかり、ボビーが諦めて帰ろうかと腰を上げかけた時だった、憂いを湛えた瞳を持つ美女がイーゴリに声を掛けた。
「ねえ、イーゴリ……あれ演ってよ……」
イーゴリ……音楽才能探知機は『イーゴリ・ムソルグスキー』という名前を示している、やはりバラライカの彼で間違いないらしい。
女性客のリクエストに応えて青年はバラライカをかき鳴らして歌い始めた。
♪~バック・イン・ザ・USSR~♪
六〇年代の曲だが、ビートル・バンドの曲なら既に調査済みだ、そしてそれは素晴らしい演奏だった、バラライカはギターよりボディの響きが少なくて高音なだけによりキレがあり、逆にイーゴリのヴォーカルは野太く、力強い響き……ボビーは彼が選ばれし青年であることを確信した。
……しかし、バラライカ奏者とは……。
(こりゃメンバー探しは厄介かも知れねぇな……)
ボビーは小さくため息をついて、咥えていた「への字」に曲がったタバコをつまんで灰皿に押し付け、苦虫を噛み潰したような表情で、イーゴリに向けた夢生成機のボタンを押した。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「ヘイ! マリアン、そのウォークはどこで習ったんだい?」
マリアンがそのキュートなヒップを振りながらロスの町を歩くと、あちらこちらから声がかかる。
「決まってるじゃない、赤ちゃんの頃ママに習ったのよ、それからずっとこの歩き方よ、チュッ」
「ヒュ~! 最高!」
投げキッス一発で男共はそろって腰砕けになった。
この国でこのルックスは目立ちすぎるほどだが、逆にそっくりさんのコスプレとでも思われるのか、何も怪しまれず、いくらでも協力を得られるから仕事はとてもやりやすい。
「ねぇ、ベイクド・ポテトってジャズクラブがどこにあるか教えて下さらなぁい?」
「もちろんOKさ、あの辺はちょっとばかり物騒だから、このナイトが送り届けてあげるよ」
「親切ね、とっても素敵よぉ」
「お安い御用さ~~~~」
……顎のひとつも撫でてやれば、ロスからニューヨークまでだって送ってくれるに違いない。
「店の中まで? それはいいの、ゴメンなさいね」
「そう? 君、もしかしてここに出演してるの?」
「あたしじゃなくて、カレシがね」
「あ……そう……」
鼻の下をいつもの倍ほどに伸ばしたナイトは追い払うのも簡単だった。
(チャック・パーカー……彼ね、あら、サックス奏者? まあ、でも、それもアリだわね)
音楽才能探知機が示した男はサックス奏者、しかも演奏しているのはロックン・ロールではなくビー・バップ、だが、ロックン・ロールが流行る前にはそれが若者たちに人気で、頭の固い大人たちからは眉をひそめられていたのも知っている、しかも、チャックのサックスは豪快でスピード感に溢れている、マリアンは腰掛けてじっくり聴くことにした。
「ご注文は……シャネルのNO.5でよろしいでしょうか?」
ボーイがウインクする、マリアンがウインクを返すとシャンパンが運ばれて来た……伝票なしで……そして、閉店までその一杯で咎められる事もなかった。
まったくこの国でこのルックスならば、ホワイトハウスでトイレを借りたいと申し出ても、ニッコリと笑って通してくれそうだ。
「チャック、一曲やろうぜ」
その日ラストのステージが終わり、チャックが楽器をしまおうとすると客席から声がかかった。
「よう、チャーリーか、いいぜ、上がって来いよ」
客席にはまだかなりの客が残っていて、肩からギターを下げたチャーリーがステージに上がってアンプにプラグを挿すとそれだけで拍手が沸いた。
ジャーンとワンストローク、エレキギターをかき鳴らすとどっと歓声が沸く、ジャズクラブながら、終演後のこのセッションを楽しみにしている客も多いようだ。
♪ゴー・ゴー・オージョニ・ゴー・ゴー!♪
チャーリーのギターとヴォーカルにチャックのサックスが豪快に絡み、ベースもドラムスもいないにも関わらず、ノリノリの熱い雰囲気が出来上がる。
(素敵な相棒ももういるみたい、思ったよりずっと簡単な仕事になりそうね)
マリアンは仕事を忘れて楽しむことにして、席を立ち、キュートなヒップを振り振りステージに歩み寄る。
すると、チャックが手を差し伸べて来た、マリアンに気づいた客席からは口笛の嵐、ステージに上がったマリアンが揃えた膝に掌を添えてちょっと腰を振ってみせれば歓声が上がる。
(う~ん! なんてエキサイティングなの? いっそバックダンサーになっちゃおうかな)
マリアンはステージ上のチャックとチャーリーと微笑みを交わす。
女の笑顔は最高のメイクだ、二人の演奏はますます熱を帯び、マリアンも我を忘れて踊りに熱中した。
観客もお目当てのロックン・ロールに加えてマリアンの飛び入りに ボルテージが上がる一方。
「イェイ!」
「グレィト!」
「カモン!」
あまりに楽しすぎて、マリアンはもう少しで夢生成機を使うのを忘れるところだった……。
彼らの一人乗りアダムスキー型円盤は、周囲の色に溶け込むように、機体の色を自在に変える機能を持っているものの、明るい所ではどうしても景色を揺らめかせてしまうのだが、PM2.5のおかげで誰にも発見されず、エルビンはリモコンを使って機体を川に沈めて隠した。
毒々しく光る七色の川もそんな時だけは都合が良い。
エルビンは、M星で今回の調査の為に新たに開発されたばかりの音楽才能探知機を取り出して作動させた。
「オーケー、こっちの方角か、そう遠くはない様だな……待ってろよベイビー」
エルビンは機械の指し示す方向へ歩き始めた……腰をカクカクと振りながら。
(なんてこった、どうやら情報が古すぎたらしいな、こう注目を集めちゃ上手くないぜ、いや、それ以前に恥ずかしいったらないぜ……)
エルビンが歩く様を見て、道行く人が露骨に笑うのだ。
そうは言っても、プログラムの書き換えが必要、しばらくは我慢して腰を振りながら歩くほかはない。
「あの家だな? 助かったぜ、やっとこの苦行から抜け出せるってもんだ」
そこには馬聖という青年が住んでいるはず、そして彼こそがM星の誇る新発明、音楽才能探知機に選ばれし青年、すなわち、中国四千年の歴史上最高のロックン・ロールバンドのリーダーとなるべき青年なのだ。
目指す家の窓の一つから、キレの良い生ギターのストロークが聴こえて来てエルビンの腰を盛大にカクカクさせる、彼、馬聖はあの窓の向こうに居るに間違いない。
「オーケー、良い夢を見ろよ、子猫ちゃん……じゃなくて子馬ちゃんかな?」
エルビンは馬聖の部屋の窓に向けて、もう一つの新発明、夢生成機のボタンを押した。
馬聖は今夜、彼の運命を変えるような、彼の今後の指針となるような夢を見ることになるはずだ。
「ベイビー、今夜見る夢を忘れるんじゃねぇぜ、夢は叶える為に見るもんだ……どこへ行きたいか知らなけりゃ、そこへ着いてもそれとわからねぇだろう?……」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「こんなに寒いとは知らなかったぜ……」
ボビーはトレンチコートの襟を立て、への字に曲がった咥えタバコをくゆらせながらモスクワ郊外を歩いていた。
「まったく……バーボンがなきゃやってられないぜ」
ボビーのいでたちはアメリカのギャング映画から抜け出してきたようにしか見えない、早速、見るからに酔っ払っている熊のような大男が絡んで来た。
「このヤンキーめ、モスクワに何しにきやがった」
「思い出づくりってとこだ」
「ふん! おとといきやがれ」
「そんな昔のことは覚えちゃいないね」
「そういう舐めた口を利くと、ここで俺に出くわしたことを後悔しながら残りの生涯を送ることになるぜ」
「そんな先のことはわからねぇな」
「この野郎、その減らず口を塞いでやるぜ」
大男の大振りの右フックを難なくかわすと、ボディに一発ぶち込む、喧嘩には強いプログラムが施されているのだ、大男は腹を押さえてうずくまり、動けなくなった。
「おかげでモスクワでの最初の思い出ができたぜ、もっとも、あまり良い思い出じゃないがね……」
ボビーは音楽才能探知機に従って更に歩く、目標はもうすぐ近くにいるはずだ。
「冗談だろう? 機械の故障じゃねぇだろうな……」
ボビーが当惑したのも当然、音楽才能探知機が指し示した青年はギターでもベースでもドラムスティックでもなく、バラライカを携えていたのだ。
「故障じゃねぇにしても、民族音楽の才能に反応しちまったのか? ロックン・ロールをインプットしたはずだが……」
その青年は酒場らしき店に入って行く、ボビーももちろんその後を追った……この際バーボンじゃなければいけないなどと贅沢は言わない、ウォッカでもいい、何か飲まないことには気が滅入りそうだ……。
果たして、青年は飲みに来たのではなく、店の奥の、僅かに床を高くしただけの小さなステージでバラライカを弾き始めた……しかし、曲はロシア民謡ばかり、ボビーが諦めて帰ろうかと腰を上げかけた時だった、憂いを湛えた瞳を持つ美女がイーゴリに声を掛けた。
「ねえ、イーゴリ……あれ演ってよ……」
イーゴリ……音楽才能探知機は『イーゴリ・ムソルグスキー』という名前を示している、やはりバラライカの彼で間違いないらしい。
女性客のリクエストに応えて青年はバラライカをかき鳴らして歌い始めた。
♪~バック・イン・ザ・USSR~♪
六〇年代の曲だが、ビートル・バンドの曲なら既に調査済みだ、そしてそれは素晴らしい演奏だった、バラライカはギターよりボディの響きが少なくて高音なだけによりキレがあり、逆にイーゴリのヴォーカルは野太く、力強い響き……ボビーは彼が選ばれし青年であることを確信した。
……しかし、バラライカ奏者とは……。
(こりゃメンバー探しは厄介かも知れねぇな……)
ボビーは小さくため息をついて、咥えていた「への字」に曲がったタバコをつまんで灰皿に押し付け、苦虫を噛み潰したような表情で、イーゴリに向けた夢生成機のボタンを押した。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「ヘイ! マリアン、そのウォークはどこで習ったんだい?」
マリアンがそのキュートなヒップを振りながらロスの町を歩くと、あちらこちらから声がかかる。
「決まってるじゃない、赤ちゃんの頃ママに習ったのよ、それからずっとこの歩き方よ、チュッ」
「ヒュ~! 最高!」
投げキッス一発で男共はそろって腰砕けになった。
この国でこのルックスは目立ちすぎるほどだが、逆にそっくりさんのコスプレとでも思われるのか、何も怪しまれず、いくらでも協力を得られるから仕事はとてもやりやすい。
「ねぇ、ベイクド・ポテトってジャズクラブがどこにあるか教えて下さらなぁい?」
「もちろんOKさ、あの辺はちょっとばかり物騒だから、このナイトが送り届けてあげるよ」
「親切ね、とっても素敵よぉ」
「お安い御用さ~~~~」
……顎のひとつも撫でてやれば、ロスからニューヨークまでだって送ってくれるに違いない。
「店の中まで? それはいいの、ゴメンなさいね」
「そう? 君、もしかしてここに出演してるの?」
「あたしじゃなくて、カレシがね」
「あ……そう……」
鼻の下をいつもの倍ほどに伸ばしたナイトは追い払うのも簡単だった。
(チャック・パーカー……彼ね、あら、サックス奏者? まあ、でも、それもアリだわね)
音楽才能探知機が示した男はサックス奏者、しかも演奏しているのはロックン・ロールではなくビー・バップ、だが、ロックン・ロールが流行る前にはそれが若者たちに人気で、頭の固い大人たちからは眉をひそめられていたのも知っている、しかも、チャックのサックスは豪快でスピード感に溢れている、マリアンは腰掛けてじっくり聴くことにした。
「ご注文は……シャネルのNO.5でよろしいでしょうか?」
ボーイがウインクする、マリアンがウインクを返すとシャンパンが運ばれて来た……伝票なしで……そして、閉店までその一杯で咎められる事もなかった。
まったくこの国でこのルックスならば、ホワイトハウスでトイレを借りたいと申し出ても、ニッコリと笑って通してくれそうだ。
「チャック、一曲やろうぜ」
その日ラストのステージが終わり、チャックが楽器をしまおうとすると客席から声がかかった。
「よう、チャーリーか、いいぜ、上がって来いよ」
客席にはまだかなりの客が残っていて、肩からギターを下げたチャーリーがステージに上がってアンプにプラグを挿すとそれだけで拍手が沸いた。
ジャーンとワンストローク、エレキギターをかき鳴らすとどっと歓声が沸く、ジャズクラブながら、終演後のこのセッションを楽しみにしている客も多いようだ。
♪ゴー・ゴー・オージョニ・ゴー・ゴー!♪
チャーリーのギターとヴォーカルにチャックのサックスが豪快に絡み、ベースもドラムスもいないにも関わらず、ノリノリの熱い雰囲気が出来上がる。
(素敵な相棒ももういるみたい、思ったよりずっと簡単な仕事になりそうね)
マリアンは仕事を忘れて楽しむことにして、席を立ち、キュートなヒップを振り振りステージに歩み寄る。
すると、チャックが手を差し伸べて来た、マリアンに気づいた客席からは口笛の嵐、ステージに上がったマリアンが揃えた膝に掌を添えてちょっと腰を振ってみせれば歓声が上がる。
(う~ん! なんてエキサイティングなの? いっそバックダンサーになっちゃおうかな)
マリアンはステージ上のチャックとチャーリーと微笑みを交わす。
女の笑顔は最高のメイクだ、二人の演奏はますます熱を帯び、マリアンも我を忘れて踊りに熱中した。
観客もお目当てのロックン・ロールに加えてマリアンの飛び入りに ボルテージが上がる一方。
「イェイ!」
「グレィト!」
「カモン!」
あまりに楽しすぎて、マリアンはもう少しで夢生成機を使うのを忘れるところだった……。