第9話 デビュー!
文字数 3,915文字
「ボビー、だいぶお疲れの様子だな」
「頬がげっそりしちゃってるわよ」
「言ってくれるな……しかし、実際、疲れたよ……だが、マリアン、君のおかげで良いメンバーが見つかったぜ、礼を言うよ」
「どういたしまして、お役に立てて光栄よ」
「ボビー、君が一番苦労したことはわかってるよ、おいらもマリアンもそのことは忘れないぜ」
「ああ、ありがとう……だが、これでやっと計画を次の段階に進められるな、素晴らしいバンドが三つも誕生した、しかし、人知れず存在しても何にもならん、彼らをデビューさせないとな」
「いよいよだな、で、どうする?」
「もう彼らは我々の存在に気づいている、マリアンが派手に踊ってくれたおかげでな」
「だって、ロックン・ロールってそう言うものじゃない?」
「確かにそうだな、それに俺も他人の事は言えないな、なんだかんだと表立って立ち回ったからな」
「いや、ボビー、君の場合は仕方がなかっただろ?」
「そう言ってもらえると気が楽だよ……どのみち存在は知られてるんだ、それぞれ、バンドのメンバーにだけは我々がM星人だとカミングアウトして構わない、だがいいか、メンバーにだけだぞ……そして我々の目的を説明してくれ、その方がこの先やりやすいからな」
「いゃん、このナイスバディがモビルスーツだって知られちゃうのね」
「おいらの方はその方が良いな、何しろおいらの腰は人間離れしたスピードで動いちまうからな」
「ねえ、だったらバックダンサーやっても良いかしら?」
「そう来ると思ったからな、もう王様に許可を貰ってある」
「素敵!」
「おいらも頼んでおけば良かったな」
「エルビン、君の分の許可も貰ってあるよ」
「ヒュ~! そいつはグレートだぜ! だけどボビー、君はどうなんだ? その姿でバックダンサーはねぇよな」
「ああ、そこだけは問題なかった、ぜひともベア・ナックルのステージで踊りたいと言う舞踏団がいたんだ」
「へぇ、どんな舞踏団なんだい?」
「コサック・ダンサーズ、イーゴリの旧友たちさ」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「いや、これは確かにそっくりだ……」
香港のカジノで、毎夜開かれているセレブ向けの豪華ディナーショー、今夜の演し物は『甦るエルビン・オン・ステージ』だ。
大物音楽プロデューサーの黄文明は、エルビンの大ファン、『どうせたいして似てはいないだろうし、口パクなんだろうな』と思いつつも、エルビンとあっては見逃せないとばかりにテーブルについていたのだが……。
出演者はエルビンに生き写し、腰は本物以上によく動く。
そして声も歌い方もそっくり。
一般的な労働者の年収に相当する額のテーブルチャージも、これなら高くない。
そして、もう一つ気になっていることがある……バックバンドだ。
実に素晴らしいフィーリングでロックン・ロールを奏でているのだ。
五〇年代の雰囲気をしっかりと出しているが、彼らの実力はその程度のものではない、と睨んだ、エルビンの曲、そっくりさんの伴奏だから抑えているように思えてならないのだ。
「サンキュー! おいらはちょっと衣装を換えて来るぜ、その間、ドラゴン・クロウの演奏を楽しんでてくれ」
エルビンがそう言ってステージを去る、それはもちろん計算の上の事だ。
「イー・アル・サン・スー!」
馬聖のカウントでドラゴン・クロウ単独の演奏が始まる、そして、睨んだとおり、ここまでの伴奏は軽いウォーミングアップに過ぎなかったことを黄文明は思い知った。
なんとスピード感のあるギター。
なんと多彩なドラミング。
なんと堅固なベース。
そして、なんと奔放な二胡!
そして、皮ジャンとジーンズに着替えたエルビンが、曲の途中から乱入して目にも止まらぬ速さで腰を振る。
黄文明はドラゴン・クロウの演奏に聴き惚れ、彼の頭の中はどうやって彼らをプロデュースし、どこでどうやってデビューさせるかで一杯になった。
冷戦の影響で、表向きは欧米の音楽は禁じられているが、実際の所は根強い人気があって、政府も押さえ込むのは難しいし、得策ではないと考えを変えて来ている。
しかも目の前のバンドには二胡まで加わっているのだ、政府のメンツを潰さずに彼らをメジャーデビューさせる口実には充分だ、彼らは今の閉塞した状況を打ち破る起爆剤になるかもしれない……。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
大物プロデューサーのジョアキム・ウッドは、バーカウンターの端から視線を送ってくる美女が気になって仕方がない。
「君、彼女になにか好きなものを……」
「かしこまりました」
バーテンダーが美女に何かささやくと、彼女はにっこりと微笑を送ってくれた。
「ありがとう、マティーニを頂いたわ、ドライじゃないのを」
マリアンが隣の席に移ってきて、ジョアキムは夢見心地……。
「いや、お気に召してなによりだよ」
「うふっ、素敵な紳士ね、お仕事は何を?」
知っていてしらばっくれているのだが……。
「ちょっとね、音楽プロデューサーなどやっているんだよ」
「まあ、素敵、どんなアーティストを手がけていらっしゃるの?」
「そうだな……」
ジョアキムが並べ立てる歌手やバンドの名前に、マリアンはいちいち驚いてみせる。
「敏腕でいらっしゃるのね」
「そうでもないさ」
「あのね、最近お気に入りのバンドがあるの、聴いてみていただけないかしら?」
「あ、いいとも」
「彼ら、『ベイクド・ポテト』に出演してるのよ」
「ほう、老舗のジャズクラブだね」
「でもロックン・ロールバンドなの」
「ジャズクラブで? 場違いじゃないのかね?」
「それは聴いてみて頂ければおわかりになるんじゃなくて?」
マリアンに顎を撫でられて、それに抗うことが出来るとすれば、それはアメリカの男ではない……。
「これは……」
「どう? お気に召して?」
なんとジョアキムはマリアンの問いかけが耳に入っていなかった、それほど引き込まれていたのだ。
エレキなのはギターだけ、それもしばしばアコースティックに持ち替える。
ジャズクラブでも場違いではない理由も納得、彼らがやっているのはR&Bに根ざした、いわば創生期のロックン・ロールだ、しかし、もちろん古臭いものではない。
電気に頼らなくてもここまでスピード感溢れる、迫力ある演奏が出来るのだと証明しているようにも思える。
音と音とが重なり合い、分厚い音の塊となってジョアキムを直撃し、圧倒する。
しかもただの塊ではなく、細やかな表情に溢れている。
一曲終わると割れんばかりの拍手と口笛の嵐。
「スターズ&ストライプスはお気に召して?」
「え?……あ、ああ……実に素晴らしい」
「彼ら、メジャーデビューできるかしら? 応援してるの」
「メジャーデビューできるかって? 私は幸運な男だよ」
「あら、それはどういうことですの?」
「それはつまり彼らはまだメジャーデビューしていないと言うことだろう? だとしたら、私にも彼らを手がけるチャンスがあるということだからさ」
「彼ら、きっと喜ぶわ……ちょっと失礼」
「どこへ行くんだい?」
「ステージよ、あたし、彼らのバックダンサーなの」
ジョアキムはステージに向かうマリアンのキュートなお尻も満喫した……マリアンも含めた彼らこそジ・アメリカン・バンドと呼ぶにふさわしい……。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
赤の広場では大掛かりな音楽フェスティバルが催されていた。
ボリス・アルノフが後輩に働きかけて開催にこぎつけたイベントだ。
昼過ぎから始まったフェスティバル、前半はロシア民謡が主体、イーゴリとユリアのデュオも演奏し、聴衆を魅了していた。
休憩を挟み、夜の帳が広場を覆いつくした頃からはロックやポップスと言った若者向けのアーティストが出演することになっている。
表向きは禁止されていたものの、当然のことながら人気は根強く、それを禁止したままにしておくのは却って若者の心を政治から離れさせるぞ、と言うボリスの進言を受けてのことだ。
ステージに現れたバンドを見た聴衆はざわついた。
ステージの真ん中に立っている青年はバラライカにストラップをつけて肩から下げている、昼間のロシア民謡で演奏したバラライカ奏者であることにも気づいている、第二部はロック、ポップスのステージのはずではなかったのか?
そしてステージ後方のギタリスト……サングラスで顔を隠してはいるが、その風格からして並みのギタリストには見えない、会場にはひそひそ声が小波のように広がっている……「あれ、エリック・ペイジじゃないか?」、「そんなはずはないだろう?」、「いや、亡命して来ているって噂だぜ」、「それにほら、ベースは……」。
その小波を、イーゴリのバラライカが掻き乱し、重厚でハードなバンドサウンドが追い討ちをかけると大波へと変った。
イーゴリのバラライカはキレの良いリズムを刻み、ユリアのピアノがそれに寄り添い、エリックのハードなギターが、ボリスの重厚なベースが、アレックスのパワフルなドラムスがそれを支える。
そして、イーゴリの野太く、力強いボーカルが加わると、聴衆のボルテージは一気にレッドゾーンへ突入した。
これは正にロシア伝統音楽とロックン・ロールの融合。
コサック・ダンサーズも伝統の殻を破る自由なダンスで驚異的な身体能力を遺憾なく発揮した。
「頬がげっそりしちゃってるわよ」
「言ってくれるな……しかし、実際、疲れたよ……だが、マリアン、君のおかげで良いメンバーが見つかったぜ、礼を言うよ」
「どういたしまして、お役に立てて光栄よ」
「ボビー、君が一番苦労したことはわかってるよ、おいらもマリアンもそのことは忘れないぜ」
「ああ、ありがとう……だが、これでやっと計画を次の段階に進められるな、素晴らしいバンドが三つも誕生した、しかし、人知れず存在しても何にもならん、彼らをデビューさせないとな」
「いよいよだな、で、どうする?」
「もう彼らは我々の存在に気づいている、マリアンが派手に踊ってくれたおかげでな」
「だって、ロックン・ロールってそう言うものじゃない?」
「確かにそうだな、それに俺も他人の事は言えないな、なんだかんだと表立って立ち回ったからな」
「いや、ボビー、君の場合は仕方がなかっただろ?」
「そう言ってもらえると気が楽だよ……どのみち存在は知られてるんだ、それぞれ、バンドのメンバーにだけは我々がM星人だとカミングアウトして構わない、だがいいか、メンバーにだけだぞ……そして我々の目的を説明してくれ、その方がこの先やりやすいからな」
「いゃん、このナイスバディがモビルスーツだって知られちゃうのね」
「おいらの方はその方が良いな、何しろおいらの腰は人間離れしたスピードで動いちまうからな」
「ねえ、だったらバックダンサーやっても良いかしら?」
「そう来ると思ったからな、もう王様に許可を貰ってある」
「素敵!」
「おいらも頼んでおけば良かったな」
「エルビン、君の分の許可も貰ってあるよ」
「ヒュ~! そいつはグレートだぜ! だけどボビー、君はどうなんだ? その姿でバックダンサーはねぇよな」
「ああ、そこだけは問題なかった、ぜひともベア・ナックルのステージで踊りたいと言う舞踏団がいたんだ」
「へぇ、どんな舞踏団なんだい?」
「コサック・ダンサーズ、イーゴリの旧友たちさ」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「いや、これは確かにそっくりだ……」
香港のカジノで、毎夜開かれているセレブ向けの豪華ディナーショー、今夜の演し物は『甦るエルビン・オン・ステージ』だ。
大物音楽プロデューサーの黄文明は、エルビンの大ファン、『どうせたいして似てはいないだろうし、口パクなんだろうな』と思いつつも、エルビンとあっては見逃せないとばかりにテーブルについていたのだが……。
出演者はエルビンに生き写し、腰は本物以上によく動く。
そして声も歌い方もそっくり。
一般的な労働者の年収に相当する額のテーブルチャージも、これなら高くない。
そして、もう一つ気になっていることがある……バックバンドだ。
実に素晴らしいフィーリングでロックン・ロールを奏でているのだ。
五〇年代の雰囲気をしっかりと出しているが、彼らの実力はその程度のものではない、と睨んだ、エルビンの曲、そっくりさんの伴奏だから抑えているように思えてならないのだ。
「サンキュー! おいらはちょっと衣装を換えて来るぜ、その間、ドラゴン・クロウの演奏を楽しんでてくれ」
エルビンがそう言ってステージを去る、それはもちろん計算の上の事だ。
「イー・アル・サン・スー!」
馬聖のカウントでドラゴン・クロウ単独の演奏が始まる、そして、睨んだとおり、ここまでの伴奏は軽いウォーミングアップに過ぎなかったことを黄文明は思い知った。
なんとスピード感のあるギター。
なんと多彩なドラミング。
なんと堅固なベース。
そして、なんと奔放な二胡!
そして、皮ジャンとジーンズに着替えたエルビンが、曲の途中から乱入して目にも止まらぬ速さで腰を振る。
黄文明はドラゴン・クロウの演奏に聴き惚れ、彼の頭の中はどうやって彼らをプロデュースし、どこでどうやってデビューさせるかで一杯になった。
冷戦の影響で、表向きは欧米の音楽は禁じられているが、実際の所は根強い人気があって、政府も押さえ込むのは難しいし、得策ではないと考えを変えて来ている。
しかも目の前のバンドには二胡まで加わっているのだ、政府のメンツを潰さずに彼らをメジャーデビューさせる口実には充分だ、彼らは今の閉塞した状況を打ち破る起爆剤になるかもしれない……。
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大物プロデューサーのジョアキム・ウッドは、バーカウンターの端から視線を送ってくる美女が気になって仕方がない。
「君、彼女になにか好きなものを……」
「かしこまりました」
バーテンダーが美女に何かささやくと、彼女はにっこりと微笑を送ってくれた。
「ありがとう、マティーニを頂いたわ、ドライじゃないのを」
マリアンが隣の席に移ってきて、ジョアキムは夢見心地……。
「いや、お気に召してなによりだよ」
「うふっ、素敵な紳士ね、お仕事は何を?」
知っていてしらばっくれているのだが……。
「ちょっとね、音楽プロデューサーなどやっているんだよ」
「まあ、素敵、どんなアーティストを手がけていらっしゃるの?」
「そうだな……」
ジョアキムが並べ立てる歌手やバンドの名前に、マリアンはいちいち驚いてみせる。
「敏腕でいらっしゃるのね」
「そうでもないさ」
「あのね、最近お気に入りのバンドがあるの、聴いてみていただけないかしら?」
「あ、いいとも」
「彼ら、『ベイクド・ポテト』に出演してるのよ」
「ほう、老舗のジャズクラブだね」
「でもロックン・ロールバンドなの」
「ジャズクラブで? 場違いじゃないのかね?」
「それは聴いてみて頂ければおわかりになるんじゃなくて?」
マリアンに顎を撫でられて、それに抗うことが出来るとすれば、それはアメリカの男ではない……。
「これは……」
「どう? お気に召して?」
なんとジョアキムはマリアンの問いかけが耳に入っていなかった、それほど引き込まれていたのだ。
エレキなのはギターだけ、それもしばしばアコースティックに持ち替える。
ジャズクラブでも場違いではない理由も納得、彼らがやっているのはR&Bに根ざした、いわば創生期のロックン・ロールだ、しかし、もちろん古臭いものではない。
電気に頼らなくてもここまでスピード感溢れる、迫力ある演奏が出来るのだと証明しているようにも思える。
音と音とが重なり合い、分厚い音の塊となってジョアキムを直撃し、圧倒する。
しかもただの塊ではなく、細やかな表情に溢れている。
一曲終わると割れんばかりの拍手と口笛の嵐。
「スターズ&ストライプスはお気に召して?」
「え?……あ、ああ……実に素晴らしい」
「彼ら、メジャーデビューできるかしら? 応援してるの」
「メジャーデビューできるかって? 私は幸運な男だよ」
「あら、それはどういうことですの?」
「それはつまり彼らはまだメジャーデビューしていないと言うことだろう? だとしたら、私にも彼らを手がけるチャンスがあるということだからさ」
「彼ら、きっと喜ぶわ……ちょっと失礼」
「どこへ行くんだい?」
「ステージよ、あたし、彼らのバックダンサーなの」
ジョアキムはステージに向かうマリアンのキュートなお尻も満喫した……マリアンも含めた彼らこそジ・アメリカン・バンドと呼ぶにふさわしい……。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
赤の広場では大掛かりな音楽フェスティバルが催されていた。
ボリス・アルノフが後輩に働きかけて開催にこぎつけたイベントだ。
昼過ぎから始まったフェスティバル、前半はロシア民謡が主体、イーゴリとユリアのデュオも演奏し、聴衆を魅了していた。
休憩を挟み、夜の帳が広場を覆いつくした頃からはロックやポップスと言った若者向けのアーティストが出演することになっている。
表向きは禁止されていたものの、当然のことながら人気は根強く、それを禁止したままにしておくのは却って若者の心を政治から離れさせるぞ、と言うボリスの進言を受けてのことだ。
ステージに現れたバンドを見た聴衆はざわついた。
ステージの真ん中に立っている青年はバラライカにストラップをつけて肩から下げている、昼間のロシア民謡で演奏したバラライカ奏者であることにも気づいている、第二部はロック、ポップスのステージのはずではなかったのか?
そしてステージ後方のギタリスト……サングラスで顔を隠してはいるが、その風格からして並みのギタリストには見えない、会場にはひそひそ声が小波のように広がっている……「あれ、エリック・ペイジじゃないか?」、「そんなはずはないだろう?」、「いや、亡命して来ているって噂だぜ」、「それにほら、ベースは……」。
その小波を、イーゴリのバラライカが掻き乱し、重厚でハードなバンドサウンドが追い討ちをかけると大波へと変った。
イーゴリのバラライカはキレの良いリズムを刻み、ユリアのピアノがそれに寄り添い、エリックのハードなギターが、ボリスの重厚なベースが、アレックスのパワフルなドラムスがそれを支える。
そして、イーゴリの野太く、力強いボーカルが加わると、聴衆のボルテージは一気にレッドゾーンへ突入した。
これは正にロシア伝統音楽とロックン・ロールの融合。
コサック・ダンサーズも伝統の殻を破る自由なダンスで驚異的な身体能力を遺憾なく発揮した。