第4話 ピアノとパラライカ

文字数 3,136文字

「それぞれの進捗状況を報告してくれ」
 ボビーが呼びかけての相互報告会議、もちろんモビルスーツに仕込まれた立体映像投影機によるバーチャル会議だが。
「あたしの方は順調すぎるくらいよ、リーダーはチャック・パーカー、サックス奏者よ、相棒ももう決まってたの、チャーリー・ベリー、彼はギターね、チャックのサックスはパワフルでスピード感が凄くてゾウゾクしちゃうの、チャーリーのギターもキレがあってノリが良くってジンジン来ちゃう、思わずステージに上がって踊っちゃったわ」
「おいおいマリアン、俺たちは地球じゃ相当に目立つルックスだってことを忘れるなよ」
「人生は楽しまなくっちゃ、それにナイスバディは見られてこそのナイスバディよ」
「確かに君の胸には乾杯したくなるがね……エルビンの方はどうだ?」
「おいらの方も順調さ、リーダーは馬聖って言うギタリストだ、相棒も心当たりがあったらしくてすぐに見つかったぜ、名前は季天竜、驚くなよ、何と二胡奏者だ、だけどこの二人の息の合い様ったらないぜ、まるでトム・ソーヤーとハックルベリー・フィンみたいさ」
「二胡くらいで驚きゃしないさ、なにしろ俺の方はリーダーがバラライカ奏者だ」
「リーダーが? バラライカでロックン・ロールができるのか?」
「ああ、彼がバラライカでロックン・ロールを歌うのを聴いたが、実に素晴らしかった……だが、メンバー探しは難航しそうで参ってる、なにしろ彼にはロックミュージシャンの知り合いなんていそうにないからな」
「相棒も見つけられそうにないのか?」
「そうだな」
「ならば、こちらで探してやるより他はないぜ、ボビー。 アメリカと中国は順調なんだ、タイミングが合わないとうまくないんじゃないか?」
「確かにな、だが、具体的にはどうする?」
「もう一回音楽才能探知機を使うのさ、最高の相棒を見つけてやって、彼らを引き合わせる他はないだろう?」
「うむ……確かにそうだな、イーゴリが自分で見つけてくれるのがベストだったが、それも致し方がないな……そいつがモスクワに居てくれれば良いが……」

    ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

 ボビーの音楽才能探知機が強い反応を示している。
「助かったぜ、ヤツの相棒はモスクワに居るらしい……ここか……」
 ボビーの苦虫を噛み潰したような顔は、もう一匹の苦虫を噛み潰したようになった、もうほとんど泣き出しそうな顔に見えるほどに。
 なにしろそこは小さくて古い音楽ホール……しかし、エレキギターの轟音は響いてこない……。
「またか……難儀なくじを引いちまったもんだ……」
 ホールに足を踏み入れたボビーは、いつもの苦みばしった顔も忘れて呆けたように成ってしまう。
 ホールで開かれていたのはクラシックの音楽会……と言っても入場料が取れるようなものですらなく、声楽教室の発表会という程度のシロモノで、とてもここにイーゴリの相棒になるべき者が居るとは到底思えないのだが……。
「……もしや、彼女か?……」
 歌い手が何人代わってもボビーの音楽才能探知機は同じ反応を示している……左右に振ってみると舞台左袖のピアノ奏者に反応しているようだ……『ユリア・スルツカヤ』それが彼女の名前だ、それとわかって聴き耳を立ててみると、なるほど腕は確かなようだ……だが、クラシックのピアノ奏者ではどうにも先が思いやられる……。
 とは言え、イーゴリと彼女を引き合わせないことには何も始まらない、ボビーは再び探知機をイーゴリに合わせて、彼の居場所を探る……幸いなことにこの近くに居たが、この会場に連れてこないことには……。


 街を歩いていたイーゴリはぎょっとした。
 冷たくて固い何かを背中に突きつけられた……もしや、銃?
「おっと、振り向かれちゃ困るんだ、驚かせてすまないが手荒なことはするつもりはない、ちょっとそこまで顔を貸してくれればそれでいいんだ」
「あ……あんたは何者なんだ?」
「悪いがそれも教えるわけにはいかねぇんだよ……ほら、そこにホールが見えるだろう? あそこに入ってピアノ弾きと会ってくれればそれでいい」
「意味がわからないが、それだけでいいのか?」
「ああ、それでいい……あんたを信用して俺はここで消えるよ、ただし、三つ数えるまでは振り向いてくれるなよ」
「わかった……」
 背中から冷たく硬いものが離れた……きっちり三つ数えて振り向いたが誰も居ない。
「ホールに行くだけでいいと言っていたな……」
 イーゴリはホールを目指して歩き出した。

(あっ! あの女性は……)
 謎の男の意図はまるでわからなかったが、このホールに入ることに大きな意味があったことはすぐにわかった。
 しばらく前に見た夢に出てきたバンドの美しきピアニスト、彼女がそこに居たのだ。
 イーゴリは客席に腰掛けて発表会が終わるまで待つことにした。
 クラシック声楽の伴奏、それも発表会レベル……それで彼女の実力のほどが知れるわけでもない。
 わかったのは、彼女が夢で見た以上に美しいということくらい。
 まるでボードにもリングにも触れないスリーポイント・シュート、イーゴリのハートにダイレクト・インだ。
 もちろん、それはそれでとても重要なことだが……。

 最後の出演者の歌が終わり、彼女も舞台の袖に引っ込もうとした時、イーゴリは意を決して声をかけた。
「あの……」
「はい、なにか?」
「もしや、ロックン・ロールに興味は……」
「ロックン・ロールですか?」
 彼女はにっこり笑った、イーゴリの胸はドキドキと高鳴る。
 彼女とバンドを組む事になるならば、先日の夢は正夢なのかも知れないと考えていたからだが、同時に彼女の笑顔に魅了されたからでもある、アイスホッケーのスラップショット並みの破壊力だ。
「大好きですよ」
「ああ! 良かった」
「良かったって、どういうことですの?」
「あの、僕はバラライカ奏者なんです」
「ええ、わかります、今もバラライカをお持ちですものね」
「もちろん民謡も演奏しますが、僕が一番やりたいのはロックン・ロールなんです」
「バラライカで?」
「ええ……」
 口で説明しても始まらない、イーゴリはバラライカをケースから出すのももどかしげに、それをかき鳴らし、歌い始めた。
 しばらくその歌と演奏をじっと聴いていた彼女は、ピアノの前に戻るとイーゴリのバラライカに合わせて弾き始めた。
 バラライカとピアノ、ロックン・ロールとしては前代未聞の組み合わせだが、まだ客席に残っていた聴衆はぞろぞろとステージ前に集まり、楽屋に下がっていた出演者も舞台袖に集まって来る。
 彼女のピアノは、イーゴリのウォッカのように野太く力強い歌声に、まるでグレープフルーツジュースのように馴染み、バラライカがそのグラスの縁にまぶした岩塩のようにアクセントを添える。
 ステージの周りの聴衆は細かく身体を揺らしながらも、ソルティ・ドッグの酔いにうっとりとさせられた。
  
「僕はイーゴリ・ムソルグスキー、君は?」
 演奏を終えるとイーゴリは二重に高鳴る胸を押さえて尋ねた。
「ユリア、ユリア・スルツカヤです」
「僕とバンドを組みませんか? ロックン・ロールのバンドです」
「ええ、いいわ、今の演奏、とても楽しかったから」
「バンド名も決まっているんです」
「何と?」
「ベア・ナックル」
「うふふ……ロシアのバンドらしくて素敵ですわね」


「ふう……一時はどうなることかと思ったがな、ロマンスのお膳立てまでしちまったようだ」
 客席の一番後ろに潜むように座っていたボビーはほっと胸をなでおろした。
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