第10話 世界へ!

文字数 3,635文字

 重く、暗い世相が地球を覆い尽くす中、三つの大国に突如として現れた三つのスーパーバンド、彼らは沈みがちだった人々の心に灯をともした。
 ロックン・ロールは若者だけの音楽ではない、五〇年代、六〇年代に青春時代を過ごした世代にも、再び熱いハートを甦らせる。
 もはや彼らはただのバンドではない、世の中を明るく照らし、人々の心に勇気と希望を与える象徴と化していた。
 
 もはや政治は彼らに対する民衆の支持を止めることなどできない、そんな事をすれば暴動に発展しかねない、むしろ積極的に彼らを支持するほうが人心を掌握する上で有効なくらいだ。

 そして、ドラゴン・クロウは天安門広場に雷鳴を轟かせ、スターズ&ストライプスはセントラル・パークの木々をも躍らせ、ベア・ナックルは赤の広場に集まった聴衆を一撃でノックアウトし、それぞれ押しも押されぬ国民的バンドへと成長した。
 ボビーが、エルビンが、マリアンが撒いた夢の種は、見事に大輪の花を咲かせたのだ。
 
 彼らの後を追うように新しいロックン・ロールバンドも次々と現れて、M星調査団のひとつの目的、『良い音源を大量に採取すること』は既に充分に果たされた。
 しかし、調査団を派遣する際にはM星人も想定していなかった、もう一つの壮大な目的、『地球に平和をもたらし、素晴らしい音楽を恒久的に採取できるようにすること』はまだ果たされていない、それが実現した時、大輪の花は一代限りではなく、その子孫を永遠に残して行くことになるのだ。

 しかし、それには大きな障害があった。
 三つの大国、そしてそれぞれに追従する国々は睨み合いと小競り合いの中で国交を絶ってしまっていたのだ。
 それぞれのバンドは国内では絶大な支持を受けているものの、それが国境や政治体制を越えて拡散しないことには地球は一つにまとまることは出来ないのだ。
 この障害を突破するには、音楽の力、バンドの力だけではどうしても足りない、ここはひとつ、M星調査団の出番である。
 と言っても他の惑星の政治に介入することは銀河系憲法に反する行為、そこで調査団長のボビーは地球上いたるところを網羅しているインターネットに目をつけた。
 ネットを通じて三つのバンドをワールドワイドに、世界三大バンドに押し上げようと言うのだ。

「あたしのところは問題ないわね、自由を標榜してる国だから外国の情報もほぼフリーパスよ、まして音楽なら全然問題ないわ」
「俺のところもマリアンのところほどではないが、ボリスの協力も得られるから特に問題はないな」
「問題はおいらの所だな、未だにネットですら政府が監視しているから、音楽といえども簡単には広がらないぜ、ロックコンサートを解禁したのが精一杯の譲歩と言った所だな」
「違法行為として、逮捕、拘束されるような恐れはあるのか?」
「やりすぎるとな、でも音楽くらいなら常習犯と見做されなければ大丈夫だと思うぜ」
「ならば極力やってみてくれ、くれぐれもやり過ぎないようにな」

 しかし、それは杞憂に過ぎなかった、一旦火がつけば人数では他を圧倒する国、行き着くところまで行ってしまう国民性である、権力中枢は党への忠誠心以外で人心がまとまることを好まないが、党による不眠不休の火消しも追いつかないスピードで拡散して行った。

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 こうして、スターズ&ストライプス、ドラゴン・クロウ、ベア・ナックルは睨み合う国々でも広く知られることとなり、来米、来中、来露公演を切望されるようになった、彼らが名実共に世界三大バンドとなる下地は整ったのだ。
 しかし、分厚い政治の壁に孔を開けるまでにはなっても、まだ切り崩すところまでには至らない、やはり政治に働きかけないことには……とは言え直接介入するわけにも行かない、はてさて、どうしたものか……。

    ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

「き、君は誰だ! どこから入った?」
 執務室に独りこもって、ビリヤード台よりそう大きくはない机にかじりついて山積みの書類と格闘していた国連事務総長は、突然の侵入者に肝をつぶした。
 見たことのない……いや、顔そのものは良く知っているのだが直接面識はない人物……ソフトハットにトレンチコート、Jの字に曲がった咥えタバコ……。
「その顔……ま、まさか……ボビーなのか?」
「いや、この姿を借りているだけだ」
「では一体何者なのだ、どうやってこの部屋に入った? セキュリティは万全なはずだが」
「手荒なマネはしていない、ガードマンにはちょっと脳波に働きかけて眠ってもらっただけだ、機械的なセキュリティは俺には通用しない、実を言うとな、俺はM星人なんだ」
「何をたわけたことを……えっ?」
 ボビーの頭部がパカっと開き、三頭身の小さな人間が姿を現す、M星人かどうかは知らないが、宇宙人だということは認めざるを得ない。
「この姿で話すかい? それともボビーの姿が良いかい?」
「ボ、ボビーの方で頼む」
「了解した」
 ボビーの頭部が元通りに閉じると、合わせ目はすっと消えてしまう。

 ボビーが目をつけたのが、この国連事務総長。
 まだ植民地支配が大手を振ってまかり通っていた時代、東南アジアで唯一独立を保ったタイの出身で、周辺の国々が片っ端から列強の植民地にされてきた歴史は嫌と言うほど知っている、だからこそ、現在の世界情勢を憂い、にらみ合いと小競り合いの収束に身も心も捧げて来た人物なのだ。
 三つの国がそれぞれ常任理事国で拒否権を持っている以上、彼とて出来ることは限られるが、事務総長はどの国の指導者とも対等に話が出来る存在であることには間違いない。
「君は何をしに地球に来た? 目的は何だ? 侵略か? まさか皆殺し……」
「そう先走りしないでくれ、我々の目的はロックン・ロールの採取だ」
「は? なんだって? ロックン・ロール?」
 そう聞き返したものの、事務総長も三大バンドの躍進と大人気ぶりは良く知っている、彼も若き日にはロックン・ロールに心躍らせた一人でもあるのだ。
「では、バンドごと誘拐しようと?」
「それも違うな、実はあの三大バンドは我々がちょっと細工して結成させたものだ、おっと、彼らの名誉の為に言っておくが、我々がやったのは才能豊かな青年を探し出してちょっと背中を押した程度のことだ、君たちは気づいていないが、地球人の音楽的才能と言うのは銀河系で一、二を争うほどのものなんだよ、M星は地球より遥かに文明が発達しているが、あんなに素晴らしい音楽を生み出すことはできないのさ、今、M星ではロックン・ロールが大人気なんだが、なにぶん五〇年代の音源は音質が悪いし、新曲も出ない、良い音の新しい音源がぜひとも欲しかったという訳さ」
「ほう……」
 どうやら危険な宇宙人ではないらしい、それどころか親近感すら沸いてくる……もともとスクリーンで良く知った顔でもあるし……。
「とりあえず、三大バンドを筆頭にして、数々の素晴らしい音源は手に入った、だが、地球がこのまま不安定で危険な状態だと、ロックン・ロールはまた廃れてしまうと思わないかね?」
「ああ……それは確かに」
「我々としては恒久的にロックン・ロールの音源が採取できることを望んでいるんだ、そして、あの三大バンドは既に世界中の人間の心を掴んでいる、それを地球に平和をもたらす為に活用できないかと考えているわけさ」
「なるほど」
 事務総長は身を乗り出した。
「それで、私にも一肌脱げと言うわけだな?」
「察しが良いな、協力してもらえるとありがたいんだが」
「ロックン・ロールで世界を一つに……いや、実に素晴らしい、ノーリスク・ハイリターンの画期的なアイデアだと思うよ、で、私は何をすれば良い?」
「理解してくれて感謝するよ、君に頼みたいのは……」
 ボビーの提案を聞いた事務総長は深く頷いた。
「お安い御用だ、すぐに各国首脳と交渉しよう、なに、嫌とは言わないさ、いや、言えないだろうよ」
「ありがたいぜ」
「礼を言うのはこちらの方だ、ところで彼らはこの計画を知っているのかね?」
「ああ、それぞれのバンドにM星人の仲間をもぐり込ませているからな……彼らの思いも我々と一緒だ」
 事務総長はボビーの姿をしげしげと眺めた。
「その仲間と言うのが誰だかわかったよ、単なるそっくりさんだと思っていたが……」
「握手してくれ……君を何と呼んだら良いかな?」
「私の国ではフルネームが長いのでね、公式の場ですらニックネームで呼ぶのが普通なんだ、ルイ、とそう呼んでくれ、君は?」
「M星人の名前は地球人には発音できないからな、好きに呼んでくれて構わない」
「ならばボビー以外にあるまい」
「実を言うとそれが一番しっくり来る、ルイ、これが美しい友情の始まりだな……」
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