第1話 いざ! 地球へ

文字数 3,906文字

「これはなんとも心浮き立つ音楽ではないか!」
「本当ですな、軽快で歯切れが良く、エネルギーに満ち溢れていますな」
「これは、自然と体が動いてしまいますな」
「非常にシンプルな構成なのに全く飽きさせませんな」

 銀河の彼方、M星を統べる王族たちはそれまでに聴いた事もない音楽にすっかり心を奪われた。

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 M星は地球より遥かに文明が発達した惑星である。
 人心も穏やかで大きな戦争もない。
 代々人格に優れた王族は民からの尊敬を集め信頼も厚いので、稀に揉め事があっても王族の仲裁で丸く収まるのだ。
 しかし、惑星全体が一つの文化圏と言っても過言ではないM星に於いては、こと芸術・芸能に関してはアカデミックなものに終始している、異文化が刺激し合い、ぶつかり合い、あるいは融合して新しいものを生み出すと言う要素がないのだ。
 M星にも古くから伝わる土着の芸術・芸能と言うものは存在する、しかし、より洗練される方向にしか進化しない、つまりはアカデミックになって行くばかりなのだ。
 音楽も例外ではなく、地球で言うポップス、ロック、ジャズと言った大衆が楽しめるものが育っていない。
 それゆえに昨今では銀河中にアンテナを張り巡らせて、様々な星の大衆芸術、とりわけ音楽の採取に乗り出している。


「これはいったいどこの星の音楽なのだ?」
「太陽系第三惑星の地球という星の音楽です、我々が設置したアンテナが捉えたもので、地球ではロックン・ロールと呼ばれているようです」
「しかし、残念なことに音が良くないな」
「はい、我々より遥かに文明が遅れている地球の電波ですので、いくらフィルターをかけてもこれ以上鮮明な音は望めません、しかも、アンテナから地球までの距離と、地球で使われている原始的な電波の速度を考慮しますと、概ね七〇年ほど前の電波を捉えたものと思われます」
「ふむ、七〇年前にこれだけの音楽を生み出したとあれば、地球という惑星では現在どのような素晴らしい音楽が溢れていることだろうか……これは調査、採取する価値があるな、ワープ航法で地球までどれくらいかかる?」
「概ね七日ほどかと」
「ならば迷うことはない、すぐに調査団を派遣してくれたまえ」

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 王族の命を受けた調査団、?※□○/*と?△<%#、そして紅一点、?&>?“$の三名……地球人には発音することの出来ない名前なのだ……彼らは宇宙船に乗り込んで地球に向けて出発した。

 M星人は地球人に非常に良く似た外見をしている。
 M星人も腕が二本、脚が二本、直立して歩行し、頭部には目が二つ、耳が二つ、口が一つ、鼻が一つ、そっくりといっても良いほどだ。
 頭部が大きくて概ね三頭身であることと、平均身長が約三〇センチほどであることを除けばだが……。
 外見が似ているとは言え、サイズが大きく違うので、そのままでは地球での活動に支障がある。
 そこで、M星の科学力を駆使して、頭部に操縦席を備えた地球人型モビルスーツを用意したのだが、M星で得られる地球人の容貌に関する情報はロックン・ロールを受信したアンテナから得られる物に限られている、すなわち、五〇年代の物ばかりなのだ、その結果……。
 ?※□○/*のモビルスーツはハンフリー・ロバートに。
 ?△<%#のモビルスーツはエルビン・プレスリーに。
 ?&>?“$のモビルスーツはマリアン・モンローにそれぞれ酷似している。
 それぞれの地球でのコードネームも、ボビー、エルビン、マリアン……そのまんまだが情報が少ないのだから仕方がない。

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「わ! 今のは一体何なんだ!」
 ハワイ・マウナケア天文台で一人の観測員が腰を抜かした。
「どうした?」
「今飛んできたのはUFOだ、間違いない」
「隕石だったんじゃないのか?」
 どうせUFOなど飛んでくる訳はない、と多寡をくくっている同僚は、あくびをかみ殺しながら言う。
 彼にとってUFOのイメージは『未知との遭遇』に登場するそれ、三人乗りの小型UFOが音もなく、電子機器などに何の影響も及ぼすことなくひっそりと、しかも忽然と現れたとしか言いようがないほどの速度で飛来するなどとは想像もできないのだ。
「隕石が水平に飛んで来て直角に下降するもんか」
「下降って、海に落ちたということか?」
「ああ」
「じゃ、やっぱり隕石だよ、直角にって、何かの見間違いさ」
 もし、彼の証言が聞き入れられていたら、調査団の任務は最初から失敗に終わるところだったのだが……。
 
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 海底に身を潜めたボビー、エルビン、マリアンの三人は早速情報収集にかかった。
 まずは電波などから一般情報の収集だ。
 しかし……。
 『七〇年前にこれだけの音楽を生み出したとあれば、地球という惑星では現在どのような素晴らしい音楽が溢れていることだろうか』
 王様のこの予測は早くも外れた。
 二〇二〇年、地球は、アメリカ、中国、ロシアの三つの大国がそれぞれ覇権を争って睨み合う三すくみ状態。
 それぞれの同盟国も巻き込んでの覇権争いは互いに一歩も譲らない状態、覇権を主張する範囲が重なってしまう地域では、小規模ながら軍事衝突が頻繁に起こっている。
 ひとつ間違えば第三次世界大戦が勃発しかねない、極めて不安定な状況にあった。
 そんな状況下で人々の心も重く沈み、厭世的な暗い音楽ばかりが細々と生き延びているという状況だったのだ。
 ただし、分析の結果、地球人はこと音楽にかけては銀河系でも一、二を争う才能を持っていることも確認できた、何しろこれだけ多くの人種や文化圏が混在する惑星も珍しい、平和維持という面ではマイナス要因だが、音楽を含む文化という面では、元々多様な文化が存在するばかりでなく、異なるものが影響しあって、実に多彩な文化が、今この時も産み出され続けているのだ。
 
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 調査団長のボビーは早速王族たちに連絡を取り、現状と分析結果を伝えた。
「うむ……それは全く残念なことだ、しかし、我々が地球上の争いにまで手を出すことも出来ないからな……仕方がない、ロックン・ロールのなるべく質の高い音源を出来るだけ多く採取して帰還したまえ」
「王様、俺に少しばかり考えがあるんだが……あ、申し訳ございません、このハンフリー・ロバート型地球人の口調を練習しておりましたもので、ついぞんざいな言葉を」
「ああ、かまわんよ、仕事熱心な証拠ではないか、して、考えとは?」
「いまでこそ廃れちゃいるが、かつてロックン・ロールは地球上どこでも大人気だったようだ、言ってみれば世界共通言語さ、こいつを復活させることで地球人の心をひとつにできないもんかと思うんだが」
「ほう、そんな事が出来そうか?」
「出来るか出来ないか、やってみなくちゃわからない、ちと時間はかかるかもしれないがやってみるだけの価値はあるんじゃないかと思うんだが」
「具体的にどうするつもりだね?」
「音楽才能発見器を使って睨み合っている三つの国それぞれに最高にイカしたバンドを作るのさ、それぞれのバンドがいがみ合ってる敵国でも人気になれば、何か平和を実現するきっかけくらいは掴めるかもしれないぜ」
「おお、それは良い考えだ、それが上手く行けば地球人はまた素晴らしい音楽を生み出してくれるに違いない、もし思うように行かなくとも我々はその三つのバンドの音楽は手に入れられるわけだ、『百利あって一害なし』だ、やってみてくれたまえ」
「了解だ、王様、出来るだけの事はしてみるつもりだ」
「健闘を祈る」
 通信機を置いたボビーは、エルビンとマリアンに向かい合った。
「聞いてただろう? 一丁やってみようじゃないか」
「オーケイ! そいつはイカしてるぜ!」
「素敵! で、あたしたちはどうすれば良いの?」
「マリアンはアメリカに飛んでくれ、エルビンは中国、俺はロシアに飛ぶ、音楽才能探知機で才能あるメンバーを探して、彼らがバンドを組むように働きかけるんだ、それとなくな」
「おっと、ボビー、おいらからも提案があるんだが」
「何だ?」
「バンドのメンバー全部をこっちで選ぶことはねぇよ、まずは必要なのはリーダーだ、それとリーダーに匹敵する才能をもうひとつ付け加えられりゃゴキゲンだ、そいつがかつて地球で大成功したバンドの特徴ってもんだ」
「なるほど、確かにそうだな、ジョンとポール、ミックとキースの例がそれを証明してるな、マリアンもわかったか?」
「ええ、ベーブとルーもそうだったわ、それで、その二人分の才能を持ってたのがジョーよ」
「そいつはちと違うと思うがな」
「うふふ、わかってるわよ、ちょっとからかってみただけ、ププッピドゥ~」
「よし、連絡は密に取り合おう、俺たちの電波は地球人にはキャッチできないから安心だ、善は急げと言うぜ、早速散ろうじゃないか」

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「やっぱり俺の目はどうにかなっちゃったらしい……」
 三機の一人乗りアダムスキー型円盤が海中から飛び出して光速で東西に散るのを目撃した観測員は深いため息をついた。
「どうした?顔色が悪いぞ」
「どうやら働き過ぎらしい、今日はもう家に帰って休んでもいいかな?……」
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