第3話 夢、それは叶えるべきもの

文字数 2,698文字

 それは聴衆と言うより群集だった……馬聖は昔記録映画で見たウッドストック・フェスティバルのような数の聴衆を前に演奏していた。
(ここはどこだ? 天安門広場か?)
 周囲の建物でそれとわかるものの、聴衆で完全に埋めつくされていて地面が見えないほどだ。
 そしてバンドが叩き出している音楽はゴキゲンなロックン・ロール。
 基本は正統派のロックン・ロールだが、二胡奏者が加わっている。
 ロックン・ロールに二胡、ミスマッチの様に思えるが全くそうではなかった。
 バンドが叩き出す軽快でハードなリズムとサウンド、二胡の音色は、さながらそのリズムの嵐の中を悠々と舞い翔ぶ龍、そして龍は激しい雨と雷を呼び、リズムの嵐にエネルギーを注ぎ込んでいるかのよう……。
 聴衆が口々にバンド名を叫んでいる。
 『ドラゴン・クロウ!  ドラゴン・クロウ!  ドラゴン・クロウ!』
 なかなかイカしたバンド名じゃないか、このサウンドにぴったりだ……。
 曲が終わって大歓声の中、馬聖は二胡奏者とハイタッチを交わす。
 そして、馬聖はその顔に見覚えがあった……。

「……夢か……」
 目を醒ました馬聖は今見ていた夢を思い返す。
 あまりにもリアルな夢だった……もしやこれはお告げではないのか?
 今日、大学へ行ったらあそこに行ってあいつに会おう……あいつが乗ってくるようなら、今の夢は本当にお告げなのかも知れない……。

    ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

 昼休み、季天竜は必ずと言って良いほど中庭で二胡を弾いている、中々の腕前で何時も彼の周りには人垣が出来、馬聖もしばしば聴衆のひとりになっているのだが、彼とバンドを組もうと言う発想はなかった……なにしろ彼が演奏するのは二胡だから……しかし夢の中で彼の二胡はバンドサウンドとぶつかり合い、溶け合って相乗効果を生んでいた、そして、あれこそ馬聖が求めていたバンドサウンド……。

 いた!
 いつものように二胡を弾く彼の周りには人垣が出来ていたが、馬聖はそれを掻き分け、季天竜の隣に座った。

♪イー アル サン スー ウー ディアン ロック 
 リュー チー バー ジョウ シー ディアン ロック~♪

 いきなりギターをかき鳴らして歌いだした馬聖を半ば驚いたように、半ば迷惑そうに見ていた季天竜だったが、しばらく聴くとニヤリと笑って二胡を構え直した。
 いつもは、悠久の時の流れを思わせるような、ゆったりとした曲を奏でている季天竜だが、一転して弦から煙が上がるのではないかと思うほど激しく弓を引き、二胡から一頭の龍を舞い上がらせる。
「おお!」
 人垣から驚嘆の声が上がった。
 アコースティックギターと二胡、奏でるのはロックン・ロール、思いもよらない組み合わせだが、中国ならではのオリジナリティ溢れる、素晴らしいロックン・ロールだ。
 たちまち、そのサウンドを聴き付けて集まって来た聴衆の輪が、何重にも増えて行く。
 と、その輪を掻き分けて乱入して来た者がいる。
 エルビンだ。
 聴衆は更に盛り上がり、エルビンの腰も目にも止まらぬスピードで振られる。

 ♪ジャジャジャジャジャジャジャジャジャーン♪
 ギターがコードをかき鳴らすと、龍がそれに絡みつくスリリングなエンディング。
 そして最後の音の余韻も消えないうちに、馬聖と季天竜はハイタッチを交わした。
「俺とバンドやろうぜ! ロックン・ロールをやろう!」
「おう!」
 エルビンが頭上で手を叩き始めると、聴衆もそれに続き、拍手の嵐の中、馬聖と季天竜は両手でがっちりと握手を交わした。

    ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

「チャック、俺は夕べ、イカした夢を見たんだ、あんまりイカしてるんで早くお前に話したくてな」
 チャーリーが正午前に……彼にとっては早朝なのだが……電話を掛けて来た。
「実は俺も良い夢を見たぜ、でもまあ、お前が先だ、言ってみろよ、どんな夢だった?」
「俺たちが馬鹿デカい野外ステージで演奏してるんだ、ありゃセントラルパークかな? あんまり聴衆で溢れてるんでどこだか良くわからないくらいさ」
「うん、それで?」
「ライブはすげぇ盛り上がりだった、で、みんなが口々に俺たちのバンドの名前を叫んでるんだ」
「もしかして、そいつは『スターズ&ストライプス』じゃなかったか?」
「え? どうしてそれをお前が知ってるんだ?」
「どうやら俺たちは同じ夢を見たらしいな」
「マジかよ……だとすると」
「ああ、これは神の思し召しかも知れないな」
「絶対そうだって! あ、それともう一つ、イカしたダンサーも一緒だったんだ」
「それも知ってるぜ、モンロー・ウォークってのはバチバチのロックン・ロールだよな!」

    ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

 イーゴリもまた夢を見た。
 夢の中で彼は大きな広場の特設ステージでバラライカをかき鳴らし、歌っている。
 彼と共に演奏しているのはギター、ベース、ドラムス、そしてピアノの四人。
 場所は周りの建物からして赤の広場らしいが、バンドのメンバーはまるで心当たりがない見知らぬ人間ばかり、どういうわけかギターとベースはかなり年配で、しかもどこかで見たような気がするのだが、どうもはっきりとはわからない……ピアノは美しい女性で、バンド云々を別にしても一目会ってみたいものだと思ったが……。
 そして演奏しているのは哀愁をたたえたメロディを持つロックン・ロール。
 ロックン・ロールはロシア民謡と同じ位好きだし、それらが融合したサウンドは自分の理想とするところ。
 ギター、ベース、ドラムスは重厚でありながらノリの良いリズムを刻み、ピアノがそこに美しい旋律を絡ませてイーゴリのバラライカと融合させる。
 ボーカルはイーゴリ自身、野太く、力強い声はロシア民謡で鍛えたものだが、バンドのサウンドにもぴたりと合い、哀愁を帯びた音色のバラライカとも相まって、ロシア独特の雰囲気をかもし出している。
 これこそ、自分が求めていたサウンド、そして最高に盛り上がったライブは快感そのもの……。
 そして人々は『ベア・ナックル! ベア・ナックル!』と叫んでいる、どうやらそれがこのバンドの名前らしいが……。

「夢か……」
 目覚めた彼は当惑していた。
 妙にリアルで、いかにも実現しそうな夢だった様に思う、しかし、バンドに見知った顔が居ないのでは現実味が一気に薄れてしまう。
 彼はその夢を二~三日後には忘れてしまった……。
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