42、シャルル王子の誕生(2)

文字数 1,306文字

 シャルル王子の洗礼式の日まで、私は毎日のように乳母の部屋に通った。小さな王子を抱いて堂々と歩けるように何度も何度も練習した。だが、イザボー王妃様は洗礼式の当日まで王子に会いに行くことはなかった。洗礼式には多くの王族の方が参列していた。無事に大役を終えた私は宮廷内にある図書室に行った。図書室にはほとんど人はいなく、いても修道士か学者だけである。私のような侍女が図書室に行くことは滅多にない。たくさんの本に囲まれて私はほっとした。

「シャルル7世の戴冠式は素晴らしかったわ」

 女の人の声が聞こえて驚いて顔を上げた。背の高いとんがり帽子と豪華なドレス、洗礼式に参加した王族の奥方に違いない。

「あなたは・・・?」
「アンジュー公妃、ヨランド・ダラゴンと申します」

 ヨランド・ダラゴンはドレスをつまんで優雅にお辞儀をした。

「イザボー王妃様の侍女をしておりますジャンヌ・ド・リュクサンブールと申します」

 私も正式なお辞儀をした。

「シャルル7世の戴冠式というのは?」
「あら、ごめんなさい。洗礼式のシャルル王子とあなたの態度があまりにも立派なので、戴冠式を思い浮かべてしまいました。シャルル王子はとても運の強い方、フランスの歴史に名を残すでしょう」
「アンジュー公妃様、お言葉ですがシャルル王子には兄が2人います。それに王子が生まれてからずっと王妃様は体調がよくなくて、長い間寝込んでいます」
「詳しい事情を知らずに勝手なこと言ってごめんなさい」

 しばらくの間沈黙が続いた。

「ジャンヌ・ド・リュクサンブール、あなたは私の祖国アラゴンについてご存じかしら」
「もちろんです。アラゴン王国は昔からフランスと深い関係があります。前のアラゴン王フアン1世様の王妃様はお2人ともフランス人でした」
「私の父フアン1世はフランスが大好きでした。アラゴンをフランスに負けない芸術と文化の中心地にするのだと言って、政治は母にまかせて自分は狩りに夢中になり、贅沢三昧をしてアラゴンは財政難になりました。アラゴンはフランスに比べればずっと貧しい小さな国だからです。父は『不真面目王』と悪口を言われ、狩の途中で突然亡くなりました。46歳の若さでした。父にはたくさんの子が生まれましたが、無事に成長したのは私と異母姉だけでアラゴンの王位は父の弟、私の叔父であるマルティン1世が継ぎました。父が亡くなった時にアラゴンの財政はひっ迫していて、父のために立派な棺を作ることさえできませんでした」
「お気の毒です・・・」
「不真面目王と言われていましたが、私は父が大好きでした。父は私にこんなことを言っていました。『ヨランドよ、お前がフランスに嫁いで、将来お前の娘がフランス国王と結婚したならば、私はフランス国王の義理の祖父になれる。そうなった時、アラゴンもフランスに負けない立派な国になるだろう。フランス王家にアラゴンの血を伝えるのがお前の役目だ』と。あら、ごめんなさい。私としたことが・・・ほとんど初対面のあなたに祖国と父のことを話してしまうなんて・・・」

 この時のアンジュー公妃様の言葉を私は生涯忘れることはできなかった。彼女の言葉はその後すべて現実のこととなった。


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