(5) 雨を集める

文字数 1,346文字

 犬は川岸にあがって、背中のみおを地面に下ろしました。
「きれい」
「でしょう?」
 足もとには、緑のレースのような

に、ふかふかの


 こけとしだの葉さきから、きれいな水がしたたります。

 ぴとり。ぴとり。ぴとり。

「みおちゃん。上も見てみて」
 見あげると、みおたちをつつみこむように立っている木々の、数えきれないくらいたくさんの葉っぱからも、しずくが、つぎつぎと、したたってきます。
 ひらたい葉っぱからも、ほそながい葉っぱからも、
 まるい葉っぱからも、とがった葉っぱからも、
 ぴとり。
 ぴとり。

「ほら、ね。雨を集めてくれている」

 そうだったんだ、と、みおは思いました。
 ふった雨を。
 木さんや草さんや、しださんやこけさんが、受けとめて。
 みんなで力をあわせて、川に入れてくれていたんだ。

 知らなかった。

 こんなこと、学校で習っていません。
 習ったのかもしれないけど、おぼえてない。
 みおがぼーっとしているからかもしれません。それとも、まだ一年生だから、二年生になったら教わるのかもしれません。
(本、で、ならっ、たら、こんな、ふうに、かんじ、られる、かな)
 しずくの落ちるのにあわせて、みおの考えも、とぎれとぎれに落ちていきます。

 こんな
 ふうに
 いま
 ここで

「それだけじゃないの」しずくのあいまをぬって、犬の声が深くひびきます。
「さわって」
 何に?
「ほら」
 これ? この、もりあがったもの? 太い、くだ、みたいな……
 こわい。
「こわくない。木の根だから」
「木の、根っこ?」
「そう」
 根っこは、地面の下にあるのだと思っていました。こんなふうにがっしり、大きな手みたいな。土を、つかんでるみたいな。
 つちを
 つかんでる
「なぜだと思う?」
「それは」
 つちが
 くずれて
 いかないように
「そう」

 みおが考えているのか、しずくたちの声がみおの頭の中でひびいているのか、
 わかりません。

 そっと、根にさわってみます。
 ざらざらの木はだに、こまかいこけが生えて、小さな草の芽まで生えて。
(これ、生きものなんだ。生きてるんだ)
 みおはふいに、ぞっとしました。あたりを見まわすと、木と、草と、土と。そのかげにきっとかくれて息をひそめている、見えない虫たち。ほかの生きものたち――
(こんな)
 こんなたくさんの生きものにかこまれたことって、あるでしょうか。ここには、スチールの机もリノリウムの床も、アスファルトの道路もありません。
 何もかもが、息をしているのです。
 みおと同じ。

 うれしさとこわさが同時におしよせてきて、みおは、ひざが、がくがくしました。

「水をたっぷり吸って、太くなった木や草の根は、地面をしっかりつかんでいてくれるの。土がぼろぼろくずれていかないようにね」
 犬の声は、さっきよりもっとやさしくて、力づよくて――
 みおが、はっとして、犬のほうをふりかえると、

 犬の体はきゅうに岩のようにがっしりしてきて、立ちあがると、ずん、と大きくなりました。
 口もとにきらりと、きばが光っています。
 おおかみ!!

 息が止まりそうになっているみおを見て、おおかみは、ふふっと笑いました。
 おおかみが笑うなんてへんですが、みおにはわかったのです。

 おおかみの目は犬だったときと、そして小鳥だったときと同じ、深い藍色です。
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