(6) 約束

文字数 921文字

 ぴとり。
 ぴとり。
 森のしずくが、したたります。

 そのしずくの一粒一粒が、ふいに、いっせいに、
 透明な小鳥に変わりました。

 ざわっ、と森が鳴ります。しずくの小鳥たちはあとからあとから、おおかみの背中に、肩に、舞いおりてきます。

「みおちゃん」
 おおかみの声が深ぶかと、みおを包みこみました。
「おとなのひとたちに伝えて。わたしと会ったことを。わたしといっしょに見たものを。
 わたしを、忘れないで」

 みおは、うなずきました。体のふるえも心臓の苦しいのも、おおかみの声がすうっと取ってくれるのがわかりました。よく効く薬のように。

「約束して」と、おおかみ。「わたしを忘れないで」
 みおは、もう一度、うなずきました。
「ありがとう。みおちゃん」

 おおかみが体の向きを変えると、森じゅうの風が、ざっと動きました。
 しずくの小鳥たちはおおかみの背からぱっと飛び立ち、離れ、また集まって、雲のようにおおかみのまわりをとり巻きました。
 おおかみが、走りだします。小鳥たちもはばたいてついていきます。小鳥たちのつばさがたくさんの鏡のかけらのように反射して、まぶしくて、みおは、目をつぶってさけびました。
「まって、おおかみさん! あなたはだれなの? 
 ことりになったり、いぬになったり、ほんとうは、だれなの? 
 おねがい、おしえて!」

 知っている気がするのです。わかっている気がするのです。
 思い出せそうな気がするのです。

 おおかみはふりむきます。
「わたしが、本当は誰かって?」
 また森が、ざああっとどよめきました。
「見せてあげようか?」

 おおかみは、たしかに、笑ったようでした。
 次の瞬間、爪をひらめかせて、いっきに空へ駆け昇りました。
 その体は長く長くのび、あっというまにうろこでおおわれ、大空を二つに引き裂いて飛んだあとにはいなづまが走り、かみなりがとどろきました。
 龍でした。龍だったのです。
 空も地面も、はげしい光に揺さぶられていました。龍のうろこの光なのか、しずくの鳥たちの羽の光なのか、もう、わかりません。

 みおは、ありがとう、とさけんだけれど、自分の声が聞こえません。
 まぶしくて、まぶしくて、みおは、自分までふわっと空に浮きあがった気がしました……
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