(1) 断水

文字数 918文字

 じゃ口から、水が、出ません。
「ほんとだ」
 みおは何度も、洗面所の水道のレバーを上げたり下げたりしてみました。やっぱり、出ません。
「すごい」
 お父さんは出かける前に「さわっちゃだめだよ」と言ったけど、みおは、こっそり、ほかの水道もためしてみました。

 お風呂場のは、ガゴッ、ボシャボシャ、といって、ちょっとだけしぶきがとびました。でも、それでおしまい。
 トイレは、えーと。流れなくなったらこまるから、やめておきます。
 あとは、キッチン。

 断水(だんすい)、というのが、二時から始まったのでした。
 断水。何だか知っていますか。みおは知っています。えへん。家じゅうの水が出なくなることです。お父さんに教えてもらいました。
 みおの家だけじゃありません。朝日町の1丁目から3丁目まで、いま、ぜんぶの水道がいっせいに止まって、しん、としているのです!
 たぶん。

 すごくないですか。
 すごいですよね。
 すごい、と、みおは思いました。なんだかすごい。なんだか、たいへん。

 冷蔵庫には、お父さんが作ってくれたむぎ茶があります。だから、のどがかわいても、だいじょうぶ。
 お父さんは小さなタオルで、冷たいおしぼりも作ってくれました。だから、手がよごれても、だいじょうぶ。
 トイレも1回だけなら行ってもいいんだって。
 ほかには?
 ほかには?

 考えていたら、どんどん、こわくなってきました。
 水道が使えないあいだ、何をしたらいいのかな。じゃなくて、何をしたら、いけないのかな?
 もし、いま、けがをしたら、水が出ないから洗えなくて、血が止まらなくなって、救急車で病院にはこばれちゃうのかな?
 わあ、どうしよう!

 どきどきしながら、みおはキッチンのじゃ口に手をのばしました。あー、おしい。あとちょっとなのに、とどきません。
 ふみ台をもってきて、キッチンの床において、その上に立って、再チャレンジ。うーんとふんばって、レバーに手をのばします。
 そのときです。

 じゃ口から、水がひとしずく、出てきました。
 みおはさわっていません。さわっていないんです。

 しずくは、光りながら、風船みたいにゆっくりふくらんでいき、
 いちごくらいの大きさになって、
 そして――

 ぱちり!
 はじけました。
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