(4) とんぼ

文字数 731文字

 気がつくと、もう、町のけしきはどこにもなくて、みおたちは緑の木々にかこまれていました。
 犬も走るのをやめて、ゆったりと川の上を歩いています。
 川は浅くなり、でも、流れはかえって速くなったようです。川底に色とりどりのなめらかな石が見えます。
 みおは手をのばして、川の水にさわってみました。
「冷たい!」

 水晶よりも透きとおった水が、さらさら音をたててながれていきます。
 川底に段がついている場所では、小さい滝のようにまっ白なしぶきをあげています。

 ついー、と、何かがみおの目の前にやってきました。
 とんぼです。
 きらきらする体にうすい羽をちょちょっとふるわせて、みおの目のすぐ前で空中にういています。
 みおが手を出すとちょっと飛びのきましたが、それより遠くへはにげません。
 何?
 何か言いたいことでもあるの?

 空中でふるふるしているとんぼを見ていたら、ふと、ななめ上にある、川の流れの上にのびた木の枝に気がつきました。
 ばら色の実がたくさんなっています。
「やまもも、よ」
 犬が枝をくわえておさえてくれたので、みおはやまももの実をひとつぶ、食べてみました。
 あまずっぱくて、よい香り。

 とんぼはずっと、みおを見ていました。
 みおがやまももの実をのみこんで、もういちど手をのばすと、とんぼははじめてすっと近づいてきて、
(あ、もう少し)
 もう少しでみおの手に止まってくれそうだったのに、

(えっ)
 きゅうに気が変わったとでもいうように、ふいっと。
 飛んでいったのだと思うのですが、あまりにすばやかったので、
(消えた?)
 みおは一瞬、どきっとしました。

 友だちになってくれたような、なってくれていないような。
 とんぼの光る羽のふるえが、しばらくみおの目の中に残っていました。
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