(7) お父さん

文字数 939文字

「みお、どうした、みお? しっかりしろ」

(おとうさんだ)
 大きな手がみおをだきあげました。その手でみおのひたいをぬぐってくれています。
「どうした?」

 だいじょうぶ、と言いたいけれど、口がかわいて動きません。
 みおはうす目をあけました。
 キッチンの床が見えます。

 やっと、かすれた声で、「ただいま」とみおは言いました。
 それからきゅうにはずかしくなって、「おかえりなさい」と言いました。

「ああびっくりした」
 お父さんが大きな声で言いました。本当にびっくりしたみたいです。
「今日は学童だったよね?」
「うん」
 学童保育で夕方までいる日だったのですが、みおは〈だんすい〉がどんなのか知りたくて、ひとりでこっそり帰ってきてしまっていたのでした。
 お父さんに見つかっちゃいました。

「汗びっしょりじゃないか。お熱出た?」
「ううん」
 お父さんはバスタオルを取ってきて、みおの顔と、髪と、手足をふいてくれました。
「どうしたの。ころんだ?」
 みおの手にも足にも、どろがついています。足の指のあいだには、こけまで。
 お父さんは、ふく手を止めて、じっと見ています。
 みおの息も、止まっています。

「着替えようか」
「うん」
 みおは赤ちゃんみたいにばんざいをして、ぬれたTシャツをぬがしてもらいました。
 ああ、もしもお父さんが「これなあに?」ときいてくれたら――
 答えられるのに。
(あのね、あたし、会ったの)

(やくそくしたの)

 お父さんは、ミニタオルのおしぼりでみおの足のどろをていねいにふきとると、立ちあがって、水道のレバーを上げました。
 じゃ口から、水が、出ています。
 断水は、終わりました。

(あせじゃないの、おとうさん。
 森のお水なの。
 りゅうさんのお水で、ぬれたの)
 そう言わなくちゃ。本当のことを話さなくちゃ。だって約束したのです。
「おとうさん」

「うん? どした?」
 お父さんの目が、みおの目をのぞきこみました。
 深い――
 藍色の目。

「みお」
 なんでもありません。みおは、安心したのです。そして、なぜだかわからないけれど、きゅうに眠たくなりました。
「みお、おい、みお!」

 おとうさんの手、つめたい。
 深い深い藍色の眠りに落ちていきながら、みおはすっかり安心して、かすかにそんなことを思っていました。
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