第6話

文字数 1,369文字

 ヘイジの気持ちの切り替え方はなんとも簡単なもので、とにかく眠ることだった。

 とにかく泥まみれになって横になり、眠け眼でときどき、意味もなさない言葉を発したり、ぶつぶつ念仏を唱えたり、めそめそと涙をこぼしたりすることだった。

 本来ならそう言った悩みや不安を打ち明け、朝まで語り明かすことができる友達や彼女に「そんなこと誰にだってあるさ」「みんな失敗から学んでいくんだよ」「あなたのそう言うところまでも愛おしい」などと励まされ、慰めてもらうことが一番の処方箋になるが、生憎、ヘイジにそんな都合のいい友達や彼女など一人もいなかった。

 ヘイジがこうやってぐれている間にも地球は日周運動を続けていた。

 太陽は平等にその光を地上にふり注ぎ、ヘイジのついた泥を乾かし始める。

 あまりの眩しさと熱気にうなされるヘイジの頭上に影が一つ落ちてきた。

「何してん、こんなところで」

 ヘイジは目を開け太陽に目を細めながら少しずつ目を見開いた。アクタガワが前かがみになりながら手を差し伸べてこちらを見つめている。

「何だよ、アクタガワか。どう今年こそ卒業できそうか?」

「うぅん、無理そうやな。前期6単位しかとれてへんもん」

 と、アクタガワ。ヘイジはアクタガワの手を払いのける。

「ところで、いま暇か?」

「暇かだって!」

 ヘイジは大声を上げた。

「そりゃ、面接ダメだったからね。このまま就職できなかったら、一生暇だよ。で、なんか用か?」

 アクタガワは日常的に皮肉を言われたり、聞いたりしているためよほどひどい皮肉でないと、なかなか皮肉だと認識しない。

「なぁ、今からどっか行かへんか?」

「はぁ、なんで」ヘイジは言った。

 だが、アクタガワはなにも気にしない様子で、じっと空の一点を見つめていた。アクタガワはいきなり
わきにしゃがみ込んだ。

「ヘイジと話したいことあんねん」

 ヘイジはアクタガワの表情が真剣になった一瞬を見逃さなかった。

「ここじゃあだめなのか」

「うんそやな、飲みながらでしか話されへんことやねん」

「いいよ、行こう。そのかわりおれの愚痴を聞いてもらうからな、お前のおごりで」

 アクタガワはまた空を睨んだ。不安そうに、なにかを待っているように。

「おい、アクタガワ! お前は人を誘っておいて起こしてもくれないのか」

 アクタガワは面を喰らったようにヘイジに顔を向けた。

「アクタガワ、お前今日変だぞ」

「なんや?」

「いつも変だが、今日はもっと変だ。変に磨きがかかっている」

「なんでもないわ、おれはいつも通りやで、あとな、ヘイジの愚痴より聞いてほしいことがあんねん。重要な話しやねん。それも最近みつけた一級品の酒が飲めるっていうしゃれたバーで聞いてほしいんや」

「こんな昼下がりにやってるバーなんてあるのかよ」

「ある。だから見つけたんや」

「めんどくさくなってきた。おれじゃなきゃだめか」

「別に誰でもええんやけど、なんとなくや。それに酔っぱらわずには聞かれへん話しやねん」

 アクタガワはヘイジをじっと見つめていた。その目を見ているうちにひょっとしたらアクタガワについて行けば少しは気が紛れるかもしれないとヘイジは思い始めていた。




 
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登場人物紹介

二方ヘイジ

7月に入っても未だ内定0の就活生。

または、Fラン大学四年生。

これといって特徴もない。

アクタガワ

大学六年生で実は宇宙人。

ヘイジとは、インカレのサークルで知り合った。

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