第9話 盆地の上の赤い月

文字数 3,032文字

これまでの人生の中で起きた様々なことをつらつらとここで書いているが、今でも書いていいものかどうか悩む話がある。
それは、実際に体験した不思議な現象であるし、事実であるのだが、見方を変えれば、
「やはり少し頭がおかしくない?」と、言われてもしょうがないことだから・・・

私は、不思議な体験をかなり普通の人以上にしているということも、だからだと言って霊能力者だとは思っていないことも、この“スピリチュアルな日常”の最初に書いた。

しかし、これから話しする内容は、客観的な事実だけを述べるにしても、あまりにもオカルト的な内容になってしまう。
ましてやそれを正当に存在する事象だとか、その起因する因果関係を論理的に確固たるエビデンスだとか主張する自体が、私の一番嫌悪する新興宗教や、占い師などとまったく同一のいかがわしいものになってしまうからである。

まあ、ここは、単なる読み物だから、その判断は、読んでくださる方々に委ねるとして、とりあえず書いてみよう。

2011年2月26日の夜、仕事で宮城県仙台市に出張した。
仙台市に新しくオープンする美容室の照明工事に当時としては、最新型のLEDライトを設置するという工事だった。
広い美容室だったのと現場の図面が事前に手に入らなかったので、既設の電球や蛍光灯をLEDに入れ替えるという簡単な工事だったものの思いの外手間取って、夕方から始めた工事が終わったのは、深夜の1時を回っていた。
機材と資材一式を積んでいた車で東京から出張していたのは、午前零時までには工事を終えてそのまま東京に戻ろうという予定をたてていたからである。

しかし、手間取ったのと、思ったより重労働だったので、疲れていて、そのまま仙台市でホテルを探して宿泊しようという話になり、ホテルを探したが、さすがに午前1時に宿泊を受け付けてくれるホテルを探すことは、できなかった。
しょうがなく、予てからの予定通り、東京まで急いで戻って、明け方に到着すれば、寝る時間も取れるので、東北自動車道を急いで戻ろうという話になった。
急いで片付けて仙台市を出発したのは、午前2時ごろだった。

車は、夜の東北自動車道をひた走りで東京を目指した。
運転手は、工事の親方で、助手には、その息子、そして現場監督の私という3人組だった。
疲れていたので、3人ともあまり話をしなかった。
妙に冴え渡った夜空で満月でもあり、煌煌と輝く月が冬の夜空の天頂に昇っていた。

その月を見たときにこれまでに経験したことのないほどの大きな衝撃が全身を流れ身体が震えた。
(大地震が来る・・・・)
脈絡もない、その感覚が脳内に木霊した。
幼い時から何回も遭遇してきた、あの突如として訪れる感覚だ。
長じるにつれ、かなりの確率で確信に繋がる感覚であり、そしてかなりの確率でいずれそれが現実のものになる確信だ。

これまでは、そうした感覚を自覚した時も、当然のごとく一人胸の内に仕舞って、他の人に言うことは、なかった。
そうすることが、他人と自然なコミュケーションをとるためには、必要なことだという常識をわきまえていたからである。
しかし、最近は、考え方が変わっていて、他人からバカにされようと何と言われようと、もし、その予兆みたいな感覚が強い場合は、敢えて表明したほうが、何らかの役に立つのではと思うようになって来ていた。
また、そうすることにより実は、いくつかの人の助けになってきたこともある。
実際にわずかだが、数人の人は、何の論拠もなく私から勧められて、医者にかかり病気が見つかり危うくセーフだった人も居る。

だから、これはオープンにして何らかの縁がある人たちには、例え1%でも役に立つ行動につなげられる可能性があるのなら言うべきだと考えた。
そこで、運転している工事の親方と息子にこう話を切り出した。

「あのさあ・・・ちょっと面白い話をするから聞いてくんないか?面白いというよりも変な話だから、「お前何言ってんだ?」と、言われるかもしれないけども・・・」
「この真夜中に、疲れている時に何の話よ。面白くなかったらぶつよ」
親方がハンドルを握ったまま返事をした。
「いや、打たれるのは、無いけども・・・あの月を見てみな」
「月? ああ、今夜は満月だな。あの月がどうした?」
「あの月の色を見てみな・・・不気味なほど真っ赤な色をしているだろう」
「おお、確かにいつもより赤いな。 それがどうした」
「俺は、昔から変に精神が乱れて時々変な予感がすることがあるんだけど、特にあのような赤い月を観たときには、悪い予感がして、それが良く当たるんだよ」
「頭が可笑しいのは、いつもだろう。変な予感?・・・・どんな予感だよ」
「それが・・・・大地震が来るという予感だ。経験したことの無いようなとんでもない大地震で、大勢の人が死ぬという予感だ・・・・」
「大地震?人が大勢死ぬ?・・なんじゃそら。何時?どこで?」
「いや、実は、はっきり判らん。何時なのか・・明日なのか来月なのか、来年なのか・・・大勢の人が死ぬだろうという気は確かにするが、数十人なのか数百人なのか、数万人なのかも判らん」
「いつ何処で起きるかわからん・・そして何人死ぬかわからん・・大地震が来る・・・そんなこと言ったら、だれでも予言できるわけだし、第一それを言っても何にもならんだろうよ」
「そうだな・・そこが問題だよな・・だけど大地震が来るのは、間違いないんだよ。それ以上の予言なんか超能力者じゃないし、預言者じゃないから無理だ。そこまでだ・・・」
「何だよ! そこまでなら、言ってもしょうがないだろう。何にもならん!」
「何にもならんのも解るよ。だけど何とかならないかなと思って言っているんだ・・。」

ほんの少しだけ会話のない静かな時間が流れて、私は最後にこう言った
「解った・・確かに何時、どこで発生するかわからないのに大地震が来ると騒いでも誰も話を聞いてくれないだろうし、何の予防策も立てられない。しかし、おれが今日のこの日に大地震が来ると大騒ぎしたことだけは、お前たち二人の頭の中にしっかりと記憶してくれ。後々、地震が発生した後俺が、この地震は、予知していたと騒いでも後出しじゃんけんではない、事前に予知したものだという生き証人になってくれ」
「はいはい、わかりました。なるなる。この話は、これまで・・急いで東京に帰るぞ」

これで会話は、終了した。
真っ赤な月は、少し山裾のほうに傾きながら相変わらず恐ろしいまでの予兆を送っていた。
朝方東京についた我々は、解散してその後何もなかったので、自分自身さえもそうした景色と会話をしていたことを忘れていた。

この話を冒頭で、書いていいものかどうか悩んでいると言ったのは、私の変な心の中の乱れた波のことではない。
ご存じのように、それから2週間後の3月11日に東北大震災が発生する。
不幸にも災害に合われた多くの人々と今でも見つかっていいない、行方不明者が多数あるなかで、それを題材にした話を例え自分の中では事実だとしても世間に晒してもいいものかどうかを悩んだからである。

そして、もう一つ。
あの赤い月が浮かんでいた空の下にあったものは、東北自動車道から見える福島盆地だったのである。
福島市とそこから広がるほとんどが見渡せる広大な盆地の上に浮かんでいた。
その光景を思い出すとき、自分自身に自分が本当に予見できるだけの能力があったのなら、“何時”はともかく“何処”は、暗示されていたのではないかという悔悟だった。
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