第7話 守護霊は、お稲荷さん? その1

文字数 2,139文字

小学5年生の時の出来事だ。
これも本来のスピリチュアルな分類に入るのかどうか、ちょっと理解できていないまま書いてみる。

学校から帰ってきて近所の遊び仲間の信吾くんという1歳下の子と近くの畑に桑の実を取りに行った。
最近は、養蚕の盛んな地方以外では、桑の木そのものが植えられていないので、桑の実を見たことがある子供たちは、少ないだろう。
ましてや、桑の実を摘んで食べるなどという子供の遊びになると、ほとんど残っていないものと思える。

梅雨の時期になる緑色の実が赤くなり、そして夏前には、深紅から赤紫色になる。
この赤紫の色を“どどめ色”と呼び、病的に黒みを帯びた打ち身や唇の色として使う地方もある。
色は、少し黒いが、この色になると甘みが増して、お菓子などのおやつが少なかった昔は、子供たちがよく口にしていた。
桑の実を食べると、口の中も唇も歯も赤紫になりお化けみたいになるので、それも面白いものだった。
しかし、梅雨の時期に洗わずに食べたりすると、よくお腹を壊すことがあるので、親たちは、当時でもあまり食べないように注意していたものだった。

二人は、山の畑のあぜ道に植わっている桑の木に充分に熟れた実が生っているのを知っていたので、採りに行った。
目的の桑の木にたどり着くと早速、二人で木から直接手でむしって採って、口に入れその甘さを楽しんでいた。

その楽しい最中に私は、何となく異様な心のざわめきに襲われた。
誰かが見ている?
山の畑のあぜ道に自生している桑の木だが、昔この地方でも養蚕をやっていた時の名残なので、誰か所有者がいるのかも知れない。
その所有者が、私たちを見つけて怒られるのかなと思い、周りを見渡した。

すると、段々畑の一番上のところに一匹の野犬がいた。
「あっ、山犬のおる!」
私は、小さな声で、信吾君に告げた。
「山犬ばい」信吾君もそう返した。
当時は、まだ野犬が野山に住み着いていて、小さな鳥獣などを食料にしていた。
ただし、人間に危害を加えるようなことは、ほとんどなかったので、そんなに恐れるようなことは、なかった。
その野犬に気が付いたものの、二人は、桑の実を食べることを止めなかった。
そうしている間も、私は、時々その山犬が段々畑を降りてきて私たちを襲うかもしれないと注意していた。

その時、私は、何かいつもと雰囲気が違うことに気が付いた。
山犬にしては、大きい。
そして、だいたい山犬はやせ細っていて、汚れているものだが、真っ白で大きな体躯をしている。
尻尾は、ふさふさと大きくそして丸い形をしている。
さらに大きな目が吊り上がっていて、精悍で怖い面をしている。
私たちを明らかに睨んで威嚇しているような表情だ。
これまた、時々見かけるおどおどして人間を見ると逃げ出すいつもの山犬とは違う。
私は、その特徴に気付いた時に「あっ!」と小さな声を上げた。
これまで見たことの無い、知らない不思議な生物を見ているという恐怖心だった。

「山犬じゃ、なかばい・・・」と、私は、信吾君に告げた。
その瞬間、その生物は、段々畑を飛んで降りてきた。
すごいスピードで2段、3段と降りてきてはっきりと識別できるような距離に来て止まった。
私たちを睨んでいるその形相の恐ろしさに信吾君も気づき、二人して木から飛び降りて、後ろも振り向かず走って逃げた。
とにかく一生懸命走って、村の家々がある所まで逃げてきた。
その生物は、どうやら後を追いかけて来なかったようである。

二人が、大きな叫び声を上げて、走ってきたのを近所のおばさんが止めてくれた。
「どげんしたとね?」
そう聞かれた私は、そのおばさんに事の顛末を話した。
すると、おばさんは、笑って何もなかったかの様に
「ああ、お稲荷さんのおらしたとね。お稲荷さんは、なんもせんばい。あんたたちを守ってたんよ」と、言った。
そして、すぐ傍のお稲荷さんの祠を指さした。
その祠に祭られていたお稲荷さんの陶器の人形は、まさしく今しがたこの目で見てきた、真っ白で大きな尻尾を丸く巻いた狐そのものだった。

この話は、ここまでで、これで終わる。
その後大きくなって、この体験を不思議に思い、幾度となく調べたことから判ったことだが、お稲荷さん信仰は、日本中どこにでも存在し、身近にありふれた民間信仰である。
しかし、信仰とは別にお稲荷さんそのものを生物学的に考えると、幾つかの大きな特徴を持つこの生物は、実際には、存在しない。
そもそも狐の化身とされているが、本物の狐は、あの様に大きな体躯をしていない。
それに尻尾を丸く巻いている狐は、キタキツネやアメリカンフォックスなどには見られるが、日本本土には、いない。
白い毛並は、アルビノという突然変異の遺伝子なら存在するが、山野に生息しているのなら汚れているはずである。
実際の野キツネは、汚れていて強烈に臭い。

では、私が見たあの生物は、本当に民間伝承として伝わるお稲荷さんなのか?
そもそもお稲荷さんとは、何なのか? そして、何故あのような姿格好をしているのだろうか?
それを明確に解析した文献は、無い。
それでも、お稲荷さんという民間信仰は、どこにでもある。
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