第11話 続・巣ごもりだからミステリでも読もう

文字数 2,037文字

 先に雑談をば。
 今回、当初はトリックの再使用について小文をこしらえようと構想していました。が、先頃、一部で話題(騒動)になっていた一件からの連想で、「法医学書的な物に記載されているトリックをそのまま作品に使うこと」をどういう扱いにするのがいいのか、考えてしまって。まだまとまらないので、とりあえず中断した次第。

 代わりに、だいぶ前に読んだ大好きなミステリコミックで、さすがにこれは……という1エピソードがあったのを思い出したので、俎上に載せてみます。あ、トリックの再使用云々とは無関係です。


・漫画『Q.E.D. iff -証明終了-』(加藤元浩 講談社コミックス)第15巻所収「その世界」
※同作及び、同シリーズの旧『証明終了』第26巻所収「パラレル」について、ネタに触れています。ご注意ください。


 この「Q.E.D.」シリーズは、本格ミステリネタと数学ネタのいずれかをメインに据え、ミステリを構築するところが特長の一つだと思います。そしてどちらの系統もアベレージで言えば、高いレベルを維持していると言えるでしょう。
 ただ、稀に、「ん?」と首を傾げたくなる物に出くわすことがあるのも事実。どちらかと言えば、本格ミステリネタの系統に多いかな。
 たとえば旧『証明終了』第26巻に所収の「パラレル」で描かれた、農業用水パイプ内の射殺体の不可思議な状況。あれの謎解きのくだりを読んで、それはないよ~と感じたものです。背後から撃たれたあと、被害者がどんな姿勢で倒れるかなんて分からない。というか、作中で描かれた倒れ方は珍しいと思うんですが。

 さて本題の「その世界」は、数学ネタを折り込みながらも、全体としては本格ミステリ色の強い構成になっています。トリックを用いた複数の殺人が描かれていますが、特に変だなと感じたのは二つ目。池の中央、祠近くに浮かぶボート内で絞殺された女性の遺体が見付かる。池は深くて入れないし、ボートは遺体の乗った一隻だけ。犯人はいかにして犯行を成し遂げたのか?という謎なのですが……。
 まず、現場の状況がそんなに不可解には見えない。池の直径は大したことなく、深いと言ったってボートから岸まで楽に泳げる距離。また、ゴムボートの類があればもっと簡単。あるいは逆に、先に絞殺してから遺体をボートに乗せ、池の中央の祠に向かうよう、そっと押し出しても、似たような状況になるんじゃないのかな。
 そういった諸々の吟味なしに、いきなり不思議がられても困る。手品でいうところの改めが不足していると感じました。

 さらに変なのは、示される真相。祠に着けてあった注連飾りの縄が、実は水中を通して、祠を中心として両岸に固定されていた。被害者がボートに乗って祠にお参りするのを見届けた犯人は、縄の固定の片側をほどくと、縄を巧みに操り、岸辺に居ながらにして被害者の首に縄を掛ける。そのまま一気に締め上げ、絞殺せしめた。その後縄を回収し、証拠隠滅。……無理筋でしょう、どう見ても。漫画なので絵でごまかされるところはありますが、それにしたってこのトリックはないわ~。被害者は首に縄が掛かる前に、ボートにしゃがむなり、水に飛び込むなりして逃げるに決まっています。たとえ、被害者が微動だにせずボートに突っ立ってくれたとしても、縄を首に掛けるのは至難の業でしょう。

 もう一点、犯人指摘のロジックにも疑問が。第一の殺人の被害者が着ていた白装束が、被害者自身の物ではなくその父親の物だとする台詞を吐いた人物Aが犯人とされるのですが、何か変なんですよね。より詳しく書くと、

  ・被害者は父に憧れて同じ白装束を自ら作った。
  ・そのことを近所の者は皆知っており、Aは知らなかった。
  ・遺体を見る前からAは、被害者の白装束が父親の物だと言った。
  ・被害者の着ていた白装束は事実、父親の物だった。

 以上から、Aを犯人とすることは無理じゃないかしらん? 仮にAが犯人でないとしても、Aは被害者が同じ白装束を作っていたことを知らなかったんだから、白装束を見ればあれは父親の物だと判断するのは不自然ではありません。
 被害者に白装束を着せたのは犯人らしいのですが、「敢えて父親の物を持ち出してきたのは、犯人が被害者自作の白装束の存在を知らなかったからだ」という理屈で、Aを犯人としているのでしょうか? もしこのロジックを採用しているんだとしたら、父親の白装束がよほど分かりにくい場所、もしくは取り出しづらい場所に保管されていたことを明示してくれないと、情報不足というものではないかしらん。

 気になった点、引っ掛かりを覚えた点をここまで挙げてきましたが、汲むべき事情も作り手の側にあったんだと想像します。
 それは二件目の殺人トリックについて。数学の定理になぞらえて行われる、という設定を先にしたおかげで、殺害方法に制限が掛かり、力業めいたトリックを捻り出したのではないか……と思ったのですが、果たして。(^^)

 それでは。
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