第1話 「蝶番の問題」の問題

文字数 2,146文字

 推理作家の貫井徳郎による謎解き短編小説「蝶番の問題」をご存じでしょうか。私が把握している範囲では、『気分は名探偵』(我孫子武丸・他 徳間書店)と『自薦THEどんでん返し』(綾辻行人・他 双葉文庫)に収録されている作品です。

 私がこの作品を上記書籍の前者で読んだのはかなり昔、十年以上前になりますが、今でも割と印象に残っている作品の一つです。
 元々、問題篇と解決編に分けて新聞掲載された犯人当て小説で、その読者正解率は一パーセントだったとか。
 それだけのことはあると頷ける、優れたアイディアの作品だという意味で印象深いのですが、それと同時にいまいちすっきりしないなあという意味でも記憶に残っています。


※以下、同作品を既読であることを前提に書きます。ネタバレ注意です。













 本作の犯人は聴覚障害者です。
 殺人は作中の手記という形で描写され、登場人物は五名。記述された殺人は二つですが、最終的に五名の登場人物は全員死亡しています。犯人が四人を殺したあと自殺もしくは事故死した構図となっています。
 殺人の現場となったのはおんぼろロッジで、ある個室のドアの蝶番が、開閉する度に物凄い軋み音を立てます。
 メインとなる殺人は二つ目の犯行で、その時点で生き残っている四人の内、三人が聴覚障害者です。
 犯人はドアの開閉によって、耳の聞こえる者に気付かれないようにするため、密かに料理用のサラダ油を持ち出し、蝶番に塗り込みます。これにより蝶番は軋まなくなり、ドアを静かに開閉できるようになった。このおかげで、犯人は悠々とその部屋の聴覚障害者を殺せた――という流れになっています。
 もちろん、蝶番の音やサラダ油は手掛かりとして提示されており、作中の探偵役は見事に解き明かすのですが。
 私が引っ掛かりを覚えたのは、二点。まず、

・ドアが凄く軋むことを犯人が知った描写がない。

 耳が不自由な人は、耳の聞こえる人から伝えてもらわないと、ドアが軋んでいることは分からない。なのに、それを知るくだりがないのは、犯人当てとしてちょっとまずいのではないかしらん。
 でもまあ、この点は、記述者がいない場面で教えてもらっていたのだろうと解釈すれば、特に問題にはなりません。
 より引っ掛かりを覚えるのは、次の点。

・犯人は蝶番にサラダ油を塗ったところで、軋み音がしなくなったかどうかを、一人では確かめようがない。

 蝶番にサラダ油を塗る行為は犯行の準備なので、他の人に協力を頼む訳にはいきません。そもそも、犯行の直前に塗らないと、部屋の使用者に気付かれて、変に思われるかもしれない。
 犯人はドアが軋まなくなったと知る手立てはあるのか? 別の部屋のドアの蝶番にもサラダ油が塗られた結果、開け閉めの感覚が軽くなったという描写があります。が、開け閉めが軽くなったからと言って、音がするかしないかは判断できないはず。一か八かやってみたらうまく行った、というのも無理があります。犯人は四人全員を殺害する計画でいたのですから。二人目で失敗ができません。
 他に軋まなくなったかどうかの確認方法として私が考え付いたのは、録音するというもの。まるで詳しくないのですが、健常者がiPodで音楽を聴く場面がありましたから、録音もできるはず。ドアの開閉音を録り、それを再生したとき音量が棒グラフみたいな形で表示されるんだとしたら、耳が聞こえなくても軋みが消えたかどうか、だいたい把握できる。問題はiPodを黙って拝借できるのかということ。紛失に気付かれ、怪しまれたら計画が瓦解しかねない。正直に頼んでも「耳の聞こえないおまえが何のために使うんだ?」となるでしょう。
 と、こんなリスクの高い面倒なことせずに、健常者に「うるさいのなら蝶番にサラダ油塗ったらどう?」と持ち掛けていいんじゃないかと思わないでもありません。このあと殺人が起きたからと言って、サラダ油の提案をした人物が即怪しいとはならないはずです。

 上の疑問点から派生して、そもそも犯人は、何故この順番に殺していったのかという疑問も浮かびます。
 二人目を殺そうという段階で、耳の聞こえる人物は一人だけ。だったら、その人物を二人目の犠牲者にすればいいんじゃないでしょうか。幸い、ドアが軋む部屋を使っているのは聴覚障害者であり、耳の聞こえる人物の部屋のドアは軋まない(多分)。二人目に健常者を殺せば、あとは犯人自身も含めて耳の聞こえない者ばかり。ドアの軋みなんて気にしなくてよくなります。
 どうして犯人は二人目に耳の聞こえる者を狙わず、わざわざ手間の掛かる順番にしたのか。

 以上のような引っ掛かりを覚えたため、本作はアイディアは優れているけれども、いまいちすっきりしない作品という記憶になっております。

 ただ、これらの疑問を一発で解決することも、不可能ではないかもしれません。
 本作において作中作は、実は探偵役の友人である作家がこしらえた、文字通りの作り話であることが最終盤になって明示されます。
 となると、その登場人物たる作家の筆がちょっと滑ったということにしておけば、全て丸く収まる……かな?

 それでは。
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