第2話 もやもや豊かな『紅葉の錦』
文字数 2,296文字
※東京創元社の隔月刊雑誌「ミステリーズ! Vol.99」に問題篇が、「ミステリーズ! Vol.100」に解決編が掲載された犯人当て小説『紅葉の錦』(麻耶雄嵩)について、その内容に踏み込んでいます。ネタバレ注意ということでよろしくお願いします。
以下、少々空白を入れておきます。
まず、問題篇のみを読んだ私が、最終的に辿り着いた推理を大まかに話します。
『紅葉の錦』の主要登場人物は、卒業旅行に温泉宿にやって来た学生六名と、男二人組の宿泊客、そして宿の主人の九名であり、温泉宿とその周辺の絶景の山が舞台となっています。問題篇は、崖下に転落している死体が見付かり、誰が被害者だか分からない段階で<読者への挑戦>となります。
私は何度か読む内に、宿の部屋の鍵が文字通り鍵となり、被害者が分かれば犯人が分かり、犯人が分かれば被害者が分かるという構図なんだなと当たりを付けました。
では犯人と被害者、どちらが先に特定できるのか。
犯人当て小説なのだから、先に犯人を特定できるのはおかしい(笑)。私は被害者から絞り込むことを試み、曲がりなりにも体裁を整え、一人の人物に特定しました。
そして被害者が分かったことで、犯人は自動的に導き出されます。
自分の推理を客観的に見れば被害者特定のロジックがややたどたどしかったので、きっと見落としをしてるんだろうなと自覚しつつ、そこが穴埋めできればなかなか美しいロジックになるなと感心していました。
ただ、困ったこともありました。明らかに手掛かりとして提出されているのに、消化しきれなかった事柄が残っていたのです。しかも二つ。
一つは、犯行現場に落ちていた潰れたピンポン球。問題篇で潰れたピンポン球に言及があるのは、記述者(の一人)である海野がゲーム中に踏ん付けた物をこれはまずいと密かに隠し持った分のみ。このピンポン球は犯行時間帯が過ぎたあとも海野自身が持っていたのは間違いない描写がありました。じゃあ現場に落ちていたのは何なのか? どう推理に組み込めばいいのか? さっぱり分かりませんでした。
もう一点は、卒業旅行を全て段取りした学生・西戸崎の嘘。こちらの方はピンポン球ほどあからさまな手がかりではありません。文章をよく読み込むことで浮かび上がってきます。
詳しく記すと――舞台となる宿は定員が四室八名です。
まず、二人組の男性客は商店街の福引きが当たり、温泉宿に来ています。つまり一室分は最初から埋まっていた。残る空きは三室六名。
なのに西戸崎は七名で予約を取り、旅行の一週間前に急遽来られなくなった女学生・松原の分をキャンセルしたと言っています。これは明らかにおかしい。実際は最初っから松原の不参加を知っていたはず。
では西戸崎の嘘を推理にどう組み込めばいいのかとなると、これまたさっぱり。
西戸崎と松原の間には他の者が知らない秘密が存在しているのではないか。たとえば西戸崎が松原を殺害している……? ただ殺害となると推測が過ぎる上に、宿の事件がぼやけてしまう。
当てはめるとしたら、被害者特定のロジックの補強しかないでしょう。あれこれ考えましたが、うまくはめ込められず、推理の材料に使うのを断念。タイムアップを迎え、不完全であろう推理のまま応募しました。
そして解決編が載ったVol.100をネット注文して届いたのがつい先日のこと。果たして上記二点はどう使われているのか、期待してページを開きました。
まず、推理は当たっており、犯人及び被害者も的中していました。ただし細かく見れば拾い損ねた手掛かりが二、三あり、さらにロジックを展開させる方向が真逆だったので、外れと言えます。解決編で示された論理展開はさすがにスムーズでした。
ここまでなら絶賛とは行かなくても、佳作をありがとうございますのレベルは余裕でクリアしてるのですが。
この作品は犯人当ての割にはすっきりさせてくれず、いくつかのもやもやが残ります。ある意味、気持ち悪い終わり方をしているのです。
第一に、殺害動機が語られません。犯人当てなのだから動機は関係ないというのでもなく、探偵役は動機も推測可能だと仄めかしています。動機はは卒業旅行をキャンセルした松原に関係しているらしいんですけど、そこまでです。本作はあくまで犯人当て小説である、故に解決編で犯人を教えるのは義務だが、動機までは知らないよってことなのでしょうか。
次に、犯人が消えます。脱出不可能な状況から煙のように消え失せる。これにも当然のごとく、解決はなし。
さらに、語り手の一人として機能していた海野が、ラストで失明したような描写がありました。これも犯人当てとどう関係するのか分かりません。作中に登場した伝説と絡めただけなのかどうか。
これらに加えて、私が先ほど上げた、推理に使えなかった二点もあります。
ピンポン球の方は私見では強引な使い方だと感じましたが、どうにかこうにか消化されていたのでよしとします。
問題は西戸崎の嘘です。宿の予約の不可解な点について、言及は皆無でした。まさか出題ミス? いや麻耶雄嵩がそんなミスをするとは考えづらい。
宿のキャンセルは松原に関係しているので、松原絡みであると示唆された殺害動機の推測に使うのでしょうか? でもそれなら西戸崎の存在は?
ある意味、麻耶雄嵩らしいと言えばそうかもしれないけれども、もやもやが残って仕方がないです。どなたかすっきりさせてはくれないものでしょうか。
それでは。
以下、少々空白を入れておきます。
まず、問題篇のみを読んだ私が、最終的に辿り着いた推理を大まかに話します。
『紅葉の錦』の主要登場人物は、卒業旅行に温泉宿にやって来た学生六名と、男二人組の宿泊客、そして宿の主人の九名であり、温泉宿とその周辺の絶景の山が舞台となっています。問題篇は、崖下に転落している死体が見付かり、誰が被害者だか分からない段階で<読者への挑戦>となります。
私は何度か読む内に、宿の部屋の鍵が文字通り鍵となり、被害者が分かれば犯人が分かり、犯人が分かれば被害者が分かるという構図なんだなと当たりを付けました。
では犯人と被害者、どちらが先に特定できるのか。
犯人当て小説なのだから、先に犯人を特定できるのはおかしい(笑)。私は被害者から絞り込むことを試み、曲がりなりにも体裁を整え、一人の人物に特定しました。
そして被害者が分かったことで、犯人は自動的に導き出されます。
自分の推理を客観的に見れば被害者特定のロジックがややたどたどしかったので、きっと見落としをしてるんだろうなと自覚しつつ、そこが穴埋めできればなかなか美しいロジックになるなと感心していました。
ただ、困ったこともありました。明らかに手掛かりとして提出されているのに、消化しきれなかった事柄が残っていたのです。しかも二つ。
一つは、犯行現場に落ちていた潰れたピンポン球。問題篇で潰れたピンポン球に言及があるのは、記述者(の一人)である海野がゲーム中に踏ん付けた物をこれはまずいと密かに隠し持った分のみ。このピンポン球は犯行時間帯が過ぎたあとも海野自身が持っていたのは間違いない描写がありました。じゃあ現場に落ちていたのは何なのか? どう推理に組み込めばいいのか? さっぱり分かりませんでした。
もう一点は、卒業旅行を全て段取りした学生・西戸崎の嘘。こちらの方はピンポン球ほどあからさまな手がかりではありません。文章をよく読み込むことで浮かび上がってきます。
詳しく記すと――舞台となる宿は定員が四室八名です。
まず、二人組の男性客は商店街の福引きが当たり、温泉宿に来ています。つまり一室分は最初から埋まっていた。残る空きは三室六名。
なのに西戸崎は七名で予約を取り、旅行の一週間前に急遽来られなくなった女学生・松原の分をキャンセルしたと言っています。これは明らかにおかしい。実際は最初っから松原の不参加を知っていたはず。
では西戸崎の嘘を推理にどう組み込めばいいのかとなると、これまたさっぱり。
西戸崎と松原の間には他の者が知らない秘密が存在しているのではないか。たとえば西戸崎が松原を殺害している……? ただ殺害となると推測が過ぎる上に、宿の事件がぼやけてしまう。
当てはめるとしたら、被害者特定のロジックの補強しかないでしょう。あれこれ考えましたが、うまくはめ込められず、推理の材料に使うのを断念。タイムアップを迎え、不完全であろう推理のまま応募しました。
そして解決編が載ったVol.100をネット注文して届いたのがつい先日のこと。果たして上記二点はどう使われているのか、期待してページを開きました。
まず、推理は当たっており、犯人及び被害者も的中していました。ただし細かく見れば拾い損ねた手掛かりが二、三あり、さらにロジックを展開させる方向が真逆だったので、外れと言えます。解決編で示された論理展開はさすがにスムーズでした。
ここまでなら絶賛とは行かなくても、佳作をありがとうございますのレベルは余裕でクリアしてるのですが。
この作品は犯人当ての割にはすっきりさせてくれず、いくつかのもやもやが残ります。ある意味、気持ち悪い終わり方をしているのです。
第一に、殺害動機が語られません。犯人当てなのだから動機は関係ないというのでもなく、探偵役は動機も推測可能だと仄めかしています。動機はは卒業旅行をキャンセルした松原に関係しているらしいんですけど、そこまでです。本作はあくまで犯人当て小説である、故に解決編で犯人を教えるのは義務だが、動機までは知らないよってことなのでしょうか。
次に、犯人が消えます。脱出不可能な状況から煙のように消え失せる。これにも当然のごとく、解決はなし。
さらに、語り手の一人として機能していた海野が、ラストで失明したような描写がありました。これも犯人当てとどう関係するのか分かりません。作中に登場した伝説と絡めただけなのかどうか。
これらに加えて、私が先ほど上げた、推理に使えなかった二点もあります。
ピンポン球の方は私見では強引な使い方だと感じましたが、どうにかこうにか消化されていたのでよしとします。
問題は西戸崎の嘘です。宿の予約の不可解な点について、言及は皆無でした。まさか出題ミス? いや麻耶雄嵩がそんなミスをするとは考えづらい。
宿のキャンセルは松原に関係しているので、松原絡みであると示唆された殺害動機の推測に使うのでしょうか? でもそれなら西戸崎の存在は?
ある意味、麻耶雄嵩らしいと言えばそうかもしれないけれども、もやもやが残って仕方がないです。どなたかすっきりさせてはくれないものでしょうか。
それでは。