第6話 人ならざるものの叙述トリック

文字数 2,214文字

※クリエイターという呼び方に慣れていなくて私個人は普段用いませんが、便利な言葉でもあるので、今回は使っています。

 クリエイターなら擬人法をご存知だと思います。たとえその名称は知らなかったとしても、人ではないものをあたかも人であるかのように描くことを、自然とやっている方もいるでしょう。
 昔話や著名作家の作品から例を取りますと、犬や猫といった身近な動物、財布、お金、太陽や風などの気象といった辺りが浮かびます。「さるかに合戦」なんて擬人化のオンパレードですね。

 ここで質問です。
 読者の立場に立った場合、人以外のものに視点を取った作品をどこまで許容できますか?

 意図を掴みかねる問い掛けに映るかもしれません。
「そんなもの、何だっていいよ。最初に作者がこうだと状況設定したのであれば読者は受け入れて読む。面白いかつまらないかはまた別の問題」といったところが、平均的な答になりましょうか。
 私自身、基本的には同じです。

 基本的にはと断りを入れたのにはもちろん理由があって、作品のジャンルがミステリ、殊にいわゆる叙述トリックを用いた作品である場合はどうかなと、ちょっと立ち止まって考えたくなります。
 叙述トリックが何かという説明は、詳しくやると長くなってしまうこと確実なので、よく言われている簡潔な文言二つを書いておくにとどめます。

・「通常のトリックは作中人物が作中人物に対して仕掛けるものだが、叙述トリックは作者が読者に仕掛けるトリックである」

・「小説における、作者と読者の間の暗黙の了解のうちの一つあるいは複数を破ることによって読者をだますテクニック」

 前者はどなたが最初に言い出した表現なのか分からず、また正確な文言ではありません。後者は、推理作家の我孫子武丸が『創元推理1』(東京創元社)他所収のエッセイ「叙述トリック試論」で述べていたものです。

 本題に戻りまして、擬人化と叙述トリックを考えてみます。まずは新たに質問。

 読者の立場に立った場合、人以外のものに視点を取った叙述トリック作品をどこまで許容できますか?

 えー、敢えて、ちょっと正確さを欠く表現にしてみました。というのもこの言い回しだと、登場キャラクターが犬になっているアニメ「名探偵ホームズ」で叙述トリックを用いた場合なんかも入って来ますから。それは本意ではない。
 なので表現を変えます。

 読者の立場に立った場合、叙述トリックのために人以外のものに視点を取った作品をどこまで許容できますか?

 これではっきりしたはずです。
 あるミステリを最後まで読んで、たとえば「実は語り手は眼鏡でした!」を素直に驚けるかどうか。
「それなりに伏線があって、読者が気付ける余地があるのならいいんじゃないの?」
「いや、生物はいいとしても、無生物はだめだろ」
「生物って植物は入るの?」
「たとえ動物であっても、犬猫達が人間社会に詳しすぎて違和感がある」
「牛の糞やミジンコが思考するのは変だし、あまりに人間的なのも気になる」
「人外には人外独特の思考回路があってしかるべき」
 と、色々な見方が想定できます。
 是非を問うた場合、非の側の意見を集約するなら多分、「人以外のものに視点を持たせるのはかまわないけれども、それが人間ぽいのは嘘くさい、作者のご都合主義だ」といった具合になるかと思います。
 これに対し、是とする側の反論として予想されるのは、「そんなこと言ったって、擬人法とはそもそも人でないものを人に擬する技法なのであって、人間ぽくするのは当然。単に“ミジンコがしゃべれるとしたら?”との仮定に立って綴るものではない」辺りでしょうか。
 私自身は決めかねておりまして、どちらにも与し得ないからこそ、この拙文を書いている訳です。
 ただ、仮に、叙述トリックのために人以外のものに視点を取った作品を読んで、騙されたとしたら、恐らくとても悔しいから作者に文句を言いたくなるとは思います(苦笑)。たとえば、「“実は犬でした”って得意がっているけれども、その犬に着いた蚤の視点である可能性が排除しきれていないじゃないか」とか、「犬の首輪もしくはリードの視点かもしれない」とか、「とかいって、本当は犬とは無関係の妖精さんが記述しているんでしょ」といったひねくれたことを言うかも。
 それもこれも、「作者と読者との間にある暗黙の了解を破った」というには、擬人化の手法は掟破りのアンフェア感が拭いきれないことに原因があるような。

 結局のところ、読者が推測できるだけの伏線や手掛かりがあって、「実は人ではない**の視点を取っていました!」と明かされた時点で、読者がある程度の納得感を得られるかどうかが評価の分かれ道なのかもしれません。
 あれ? 面白いかどうかは別問題としていたはずなのに、面白ければ許す!みたいな流れになっている……。

 最後に、人ではないものどもの思考が人間ぽいのはおかしいとの声を封じるために、うってつけの設定が少なくとも一つ、あります。
 それは、その“人ではないもの”に人間の魂が宿ったことにすればいい。転生でも転移でも何でもいいから、元は人間だった者が猫なり財布なりになって語っている設定にすれば、いかにも人間らしい思考をしてもおかしくはない。
 ただし、その設定を読者に明かしたときに石を投げられないようにするには、かなり周到に伏線を張り巡らせておく必要がありそうですが。

 では今回はこの辺で。
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