第5話「2日連続の個別指導」

文字数 857文字

 本日の科目は生物。彼女が苦手らしい生物基礎の計算問題を教えることになった。僕は昨日よりも自然と話せるようになっていた。それも彼女の力なのかもしれない。ただ相変わらず彼女の髪は花のような香りを漂わせ、その度に僕の心臓が鼓動を速めることになった。

    ひと段落したところで休憩することになり、彼女はペットボトルの緑茶を飲んでいた。その姿はとても美しく、なぜ飲料水メーカーはテレビCMに彼女を起用しないのか、なんて考えながら僕は思わず見惚れていた。

そんなに見られたら恥ずかしいじゃない。
    ペットボトルから口を離した彼女は、からかうように言った。
ごめん。
    僕は慌てて顔を背けた。また彼女を見つめていることに気づかれてしまった。人は同じ過ちを繰り返す。そして彼女はからかうように僕の顔を覗き込みながらニヤリと笑った。
私ってそんなに可愛い?
あ、えっと…うん。
    僕は今までにないくらい顔が熱くなり、下を向いた。からかうように彼女は僕の頬を小突いた。

    彼女に触られた。

    僕の時間は止まった。心臓も止まりそうになった。彼女は再び緑茶を飲み、少し間を空けてから言った。

やっぱりあなたって優しい人よね。
また彼女は意味深なことを言う。
そういえば昨日も言っていた気がするけど、それはどういうことなの?
    彼女はしばらく髪を触りながら考えた。“女の子が何かを考える時は髪や電話のコードなど、とにかく長い物をくるくる巻きなさい”とでも誰かに教えられているのだろうか。
いいわ。勉強を教えてくれたお礼に私も教えてあげる。
ありがとう。
でもね、あなたに嫌われたらどうしようって。それで言うのを躊躇っていたのよ。
(君を嫌いになれる人間なんて存在しないから)きっと大丈夫だよ。
そっか。良かったわ。じゃあ、“あなたが優しいと知っていた”ことについて話すわね。
    今度は髪を触らずに、彼女は斜め下の空間を見つめながら思考を整理した。初めて見る表情だった。そして覚悟を決めたように僕の目を見て言った。
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登場人物紹介

“不完全”な僕。世界から色が消え、ただ時が過ぎるのを待っている。

”完全”なクラスメイトの女の子。僕とは真逆の存在。

僕の母。父と2人で猫カフェを経営している。

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