第35話「それぞれの母」
文字数 728文字
母は隣のテーブル席に座って話し始めた。
私達は動物保護施設から猫を引き取って猫カフェを始めた。その時の担当者があなたのお母さんだったのよ。
彼女はこのお店のことも賛成してくれて、無償でお手伝いしてくれてるの。知り合った頃からお客さんとしても遊びに来ていたのよ。幼いあなたを連れてね。
そうね。
私はここで初めてあなたを見た時に、この子は“本当の”優しい心を持っている人だと思ったの。理由は分からないけれど、あなたの目を見て何となくね。
途中からお店には来なくなっちゃったけど、お母さんと会った時にあなたのことを話していたのよ。
「娘さんはお元気ですか?」と彼女に尋ねると、「娘は何か悲しい事があったようだけれど、それを聞くことで余計に傷つけるかもしれない。だから本人が話すまで見守る。」と言っていたわ。
彼女は呆然としていた。
母は僕の顔を見てからまた彼女の方を向いた。
それでね、あなたがうちの息子と同じ高校に入ったことをお母さんから聞いたわ。
高校1年生の運動会の日、店は夫が1人でやるからと言って、私は運動会を見に行かせてもらったのよ。あなたのお母さんと一緒にね。そこで久しぶりにあなたを見た。
確かにあなたは“何かがあった”ような表情に変わっていたけれど、目を見ると分かったわ。あなたは今でも優しい心を持っていると。だから今日もあなたの目を見てすぐに気づいたのよ。
母は彼女の頬を小突いた。
彼女は泣いていた。