第27話「初めて女の子の家に入る。」

文字数 1,427文字

 玄関から顔を出した姿を見て、僕は唖然とした。彼女は寝起きのような髪で化粧もしておらず、具合が悪そうな、死にそうな表情で目はうつろ、そしてひどいクマがあった。同窓会の時とはまるで別人のような見た目だったので、僕は部屋を間違えたのかと思った。
急にごめんね。入っていいわよ。
構わないよ。

それじゃ、お邪魔するね。

 部屋の中はひどい有り様だった。溜まりきった食器は台所に放置され、床には服やタオルが散らばっていた。ゴミ袋にはカップ麺の容器や酒の缶、タバコの吸い殻などがたまっていた。

 彼女はソファーの上に放置された服の塊を床に投げ捨ててから言った。

座って。
ありがとう。
ごめんね、汚くて。
構わないよ。
 僕と彼女がソファーに座ると、奥の部屋から1匹の犬が興奮したように走ってきた。
こら、落ち着いて。
犬、飼ってたんだね。
そういえば、あなたには言ってなかったわね。


母が働いている動物保護施設から引き取ったのよ。本当は1人暮らしだとなかなか認めてもらえないんだけど、母の子どもで私が小さい頃から犬の世話に慣れているからということで、引き取らせてもらったのよ。

そうなんだ。

可愛い子だね。

 僕は足元にやって来たふさふさの柴犬を撫でてみた。喜んだ犬はソファーに乗り、僕と彼女の間に座った。犬は片目が潰れていた。
この子、ケガで片目を失ってるのよ。ウインクしているみたいで可愛いでしょう?
確かに。
 彼女は儚げな顔で、潰れた目の辺りを優しく撫でた。
こういう子は見た目が“完全ではない”という理由からか、なかなか里親が見つからないのよ。
 彼女は小さい声で「ごめんね。」と言いながら犬を撫で続けた。
そうだ。

お酒あるけど飲む?

じゃあ、いただこうかな。
ビールしかないけど良い?
構わないよ。ありがとう。
 彼女はフラつきながら冷蔵庫に向かい、350mlの缶ビールを2つ手に取って1つを僕に手渡した。彼女が再びソファーに戻ると、僕らは一緒に缶のフタを開けた。犬が興味を持ったのか、缶ビールの方に顔を近づけた。
こら、あなたはこっちでしょう。
 そう言って彼女は「ごめんね。」と言いながら犬を奥の部屋に運び、自動給水機に入っている水の量を確かめると、ドアを閉めてこちらに戻ってきた。
あ、乾杯しなきゃね。
  彼女は無理に作った笑顔で言った。そうして僕らはお互いの缶を合わせて乾杯した。
タバコ吸ってもいい?
構わないよ。
 彼女はタバコに火をつけると、そのまま2口ほど煙を吸って吐き出した。
家に犬がいるのにタバコなんか吸って。

私は最低な飼い主よ。

 彼女は下を向いてため息をついた。 
私に幻滅したでしょう?
 それからまた彼女はタバコを吸った。
幻滅なんてしてないよ。
 それは本音だ。幻滅よりも驚きと心配、その2つだった。

 彼女は正面の壁を見ながらタバコを何口か吸った。

彼とは別れたの。
そうなんだ。
 そして長い沈黙。


 僕は何も言うべきではないと思い黙っていた。彼女の方も何も話す様子はなかった。

部屋の片付けを手伝うよ。
 僕は気まずさに耐えきれず言った。
ありがとう。

でも、少しゆっくりしましょう。

 彼女は僕が来る前から酒を飲んでいたようで、かなり酔っぱらっていた。僕の肩に体をもたれると、彼女の胸が僕の腕に触れた。温かく柔らかい胸の感触に僕は思わず勃起してしまったが、彼女に気づかれていないことを願った。

 平然を装ってしばらくそのまま座っていると、彼女は僕の手をゆっくりと握りながら言った。

ねえ。
 彼女は僕に口づけした。
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登場人物紹介

“不完全”な僕。世界から色が消え、ただ時が過ぎるのを待っている。

”完全”なクラスメイトの女の子。僕とは真逆の存在。

僕の母。父と2人で猫カフェを経営している。

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