第1話「世界から意味が消えた日」

文字数 1,080文字

"人は不完全だからこそ美しい"


    子どもの頃にそんな言葉をどこかで聞いた。今になってみると、その意味も分かるような気がする。


 僕の家には13匹の猫がいる。というのも、僕の両親は動物保護施設から猫を引き取り、2階建てである我が家の1階部分で猫カフェを経営しているのだ。両親2人で13匹の猫を世話するのは大変なので、検査や書類など手が回らない時は別の女性が手伝ってくれている。

 そんな家庭なので営業時間外にはいつも彼らと遊んでいた。幸せな日々だった。ある日、10歳になった僕は母に尋ねてみた。

この猫たちって、ペットショップで買ったの?

いいえ、違うのよ。
じゃあどこからやって来たの?
そうねえ…
母は目を斜め上に向け、少し考えてから答えた。
道を歩いていると、野良猫さんを見かけるでしょう?そういう子達よ。
みんな道で拾ってきたの?
うーん。まあ、そんな感じよ。
母が言葉を濁したことは幼い僕にもわかったが、母を困らせたくはないのでそれ以上は聞かなかった。
そうなんだ。

 それから数日後、閉店後の1階で両親が話している声が聞こえた。2人は動物保護施設のことについて話していた。難しそうな内容だったが、1つだけ理解できたことがある。


“殺処分”


人のせいで動物が殺されている。


僕は絶望した。涙が止まらなかった。そして泣いている僕に気が付いた両親が慌てて駆け寄ってきた。

聞こえてたの?
どうして、動物が…
ごめんなさい。本当にごめんなさい。
 両親は泣いている僕を抱きしめて頭を撫でた。いつまでも「ごめんね。」と言いながら、両親もまた泣いていた。


 こうして僕の世界から色がなくなった。この世の全てに意味はないんだと思うようになった。そう考えないと自分を保てなかったからだ。

 その後も意味のない時が流れた。ただ学校に行き、ただ先生の話を聞いて、決められた給食を食べたりして家に帰った。友達もいない僕は帰宅してもすることはなかった。人のいない公園に出かけてベンチに腰かけ、ただ空を眺めて過ごした。家の猫カフェから勝手に持ち出したエサを足元に置き、近寄ってきた野良猫を撫でたりした。猫を撫でながら「ごめんね。」と言うのが癖になっていた。


 僕は教師に勧められた普通の高校に入り、普通に進級していった。相変わらず家に帰ってもすることがないので、学校で言われた通りの勉強はしていた。高校2年生に上がる時、文系か理系かを選択しなければならなかったが、僕は何となく文系にした。「楽そうだから」といったありきたりな理由だ。いつも通り意味のない時が流れ、2年目の高校生活は過ぎていった。そして僕は彼女と出会う。

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登場人物紹介

“不完全”な僕。世界から色が消え、ただ時が過ぎるのを待っている。

”完全”なクラスメイトの女の子。僕とは真逆の存在。

僕の母。父と2人で猫カフェを経営している。

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