友達なのに、つい意識する

文字数 1,999文字

 好きと言われてから、シュウと顔を合わせていない。気まずさを抱えながら、新学期を迎える。教室を覗くと、シュウはクラスメイト達に囲まれていた。
「まだ記憶が戻っていないけど、見捨てないで仲良くしてね」
 シュウが明るい口調だったので、皆は笑顔になって、次々と声を掛ける。夏南ちゃんが近付くと、シュウは非礼を詫びているようだった。
 私は輪に加わらないで、コソッと席に着く。後ろの席に座るりなっちが声を掛けてきた。
「ゆいぴ、おはよう」
「おはよう、日焼けが凄いね」
「これでもマメに日焼け止めを塗ったんだよ。屋外の練習がメインだから、色白美人を目指すのは諦めた」
「お疲れ様です」
 私が頭を下げると、りなっちはシュウに目を向ける。今も、男の子達とお喋りを楽しんでいた。
「私はお見舞いに行けなかったけど、退院したての頃はピリピリしていたそうじゃない。今は見た感じ、精神的に落ち着いていそう」
「あとは記憶が戻るだけ、なんだけど」
「ナカナカ順調に行かないね。いっそのこと、闇討ちする?」
「私もショック療法を考えた。どの角度で叩けば治るのかなって」
「レトロ家電と同じ扱いか、シュウは。冗談は置いといて、シュウが学校へ来られるようになったのは、ゆいぴのお陰だ」
 ううん、違う。私というフィルター越しにいる由衣ちゃんの存在が、シュウを励ましたのだろう。


 休み時間になると、教室内に笑い声が絶えない。やっぱり、シュウはムードメーカーだ。
 ただ、事故前の話題になると、シュウは朗らかではあるけど、覚えていないと言い切る。見舞いに行った子ならば、ナーバスだった頃のシュウを知っているので、無理に思い出させようとはしない。
 シュウから預かったスマートフォンは、電源を切ったまま、机の引き出しに保管している。シュウは、未だ触れることに抵抗があるのだろうか。
 パスワードは、由衣ちゃんに関連したものだろうか。もしそうならば、シュウが可哀想。好きという痕跡を残しているのに、由衣ちゃんとの繋がりを認識出来ないのだから。


 お昼休みになり、りなっちはコンビニエンスストアで買ったサンドイッチに手を付けないまま、ウェブ漫画を読む。今日のお昼に更新されたばかりで、一刻も早く続きが見たかったらしい。
 私はお弁当を食べ終わると、クラスの子から借りたタウン誌を読みはじめる。七月に催されたイベントのフォトや新しく出来たラーメン店の情報などが載っていた。
「結子ちゃん、何を読んでいるの?」
 先程まで仲の良い男子とお昼ご飯を食べていたシュウが、私のところに来る。タウン誌の表紙を見せると、興味がある様子だ。
「オレも見ていい?」
 私の返事を待つことなく、シュウは隣から椅子を持ってくる。コツンと肩が当たって、心臓が大きくバウンドした。腹立たしいくらい、綺麗な横顔と爽やかな匂いをしている。
 コッソリ息を整えてから、シュウとタウン誌を眺めた。次のページを捲っていいか尋ねようとした時、マトモに目が合ってしまう。見慣れた、困惑混じりの笑み。
「不思議な話なんだけど、県知事や市長の名前と顔は分かるんだ。ウチの学校では、校長や生徒会長、空手で全国大会に出た先輩とか。そのくせ、オレが関わった人のことは丸々抜けている」
 大切な人ほど思い出せないなんて、正しく呪いだ。今まで漫画に没頭していたと思われるりなっちが、スマートフォンから顔を上げる。
「シュウって、ゆいぴのことを名前で呼ぶんだね」
「うん」
 シュウがナチュラルな態度で頷くと、りなっちは私を一瞥して、フッと笑う。まさか、シュウが私に疑似恋愛していることを見破ったのか? 何を聞かれるかハラハラしたものの、りなっちは追及してこなかった。
「私の名前、分かる?」
「浜岡莉菜さん」
「ご名答。褒美に、これを授けよう」
「ありがとう」
 りなっちからビスケットをもらったシュウは、早速、頬張った。サクサクと、良い音を立てている。
「クラス全員分、覚えた?」
「うん。始業式の後、オレの為に皆が自己紹介をしてくれたから」
「私のことも、フランクに呼んでいいよ」
「じゃあ、ハマちゃんで」
 りなっちは、事故に遭う前と同じ呼び方をされた。シュウにとってのヒナちゃんは、どこに行ったの?
 私は頬杖を突いて、星占いのコーナーに目を落とす。山羊座は、「果報は寝て待て」。言葉通りならば、焦らずに待ちますとも。
「占いを見ているの?」
 シュウが再び、タウン誌を覗き込む。痛みのない髪が、フワリと揺れた。
「ゆいぴ、牡羊座は何て書いてある?」
「無駄遣い注意、だって」
「親の忠告みたいだな。シュウは自分の誕生日って、分かる?」
「来月の第四日曜、らしいです」
 シュウが私を見たので、コクリと頷く。りなっちがまた、シュウにビスケットをあげた。
「ささやかながら、誕生日プレゼント」
「まだ早いけど、ありがとう」
 天秤座は、「失せもの、じきに見つかる」と書いてあった。
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登場人物紹介

比奈結子(ひな・ゆいこ)

ハキハキした性格の女子高生。

中学時代に失恋して以来、ナカナカ恋ができないでいる。

邦倉修士(くにくら・しゅうじ)

結子と同じクラスで、周りから仲良しコンビとして認定されている。

チャラいイケメンに見られがちだが、実は草食系男子。

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