好きな子の為ならば
文字数 1,678文字
シュウは中学時代、近所のコンビニエンスストアに行く途中で由衣ちゃんと会う。学校外でも会えてラッキーと喜んだ直後、ほっそりとした腕の中に苦手な猫がいることを確認した。シュウは反射的に後ずさりたくなったけど、由衣ちゃんの悲しそうな顔が気になって声を掛ける。
由衣ちゃんは子猫を保護したものの、ペット不可のマンションに住んでいた。仲の良い子達に相談すると、引き取り先の心当たりはなく、力になれなくてごめんと詫びられる。
母親からは、元の場所へ戻すか、保健所に連れて行くしかないと言われた。このままでは処分されると、由衣ちゃんは大きな目に涙を滲ませる。
「子猫を飼ってくれそうな人を探すよ」
「近くに保護施設がないか調べよう」
本来のシュウならば、こんな風に答えただろう。でも、口から出たのは次のセリフだった。
「オレが飼うよ」
持っていたスマートフォンで家に連絡をすると、猫を飼うことに問題はなかった。家族から了解を得たと伝えれば、みるみる由衣ちゃんの悲しみが晴れていく。
後日、由衣ちゃんは親に事情を説明して、子猫に掛かるお金を負担すると申し出た。それに対して、初期費用は折半してくれたら助かるとシュウは答える。
以上のエピソードを聞き終えた私は、大袈裟に息をついた。いくら好きな子の前とはいえ、格好つけ過ぎ。
「シュウは、もっと慎重な子だと思っていたのに」
「耳が痛いな」
「猫ちゃんは今も飼っているんだよね?」
「勿論。今は二歳くらいで、オレに凄く懐いている」
シュウはスマートフォンを操作して、私に画面を見せた。鯖トラの猫がおすまし顔で映っている。
「可愛い、オスメスどっち?」
「女の子」
「名前は?」
「鯖って、魚編に青でしょ。鯖トラだからアオにした」
「シャレで付けられたのか、アオちゃんは」
「もっと見る?」
「うん」
シュウは次々と、アオちゃんの画像や動画を私に披露する。アオちゃんがシュウに懐いているのは一目瞭然だった。
「今も猫は駄目なんだよね」
「うん。奴等って、何を考えているか分からない不気味さがあるんだもん。でも、アオは特別」
「由衣ちゃんが関係しているから?」
「それもあるね。アオを飼うと言った時、オレに見せてくれた笑顔を今でも覚えている」
シュウは古い傷が痛むような表情で微笑む。過去の笑顔を大切にするシュウを、私はただただ見守った。
視線を正面に戻すと、高校生カップルはイチャイチャ続行中。あちらは見ないようにして、シュウに話を振る。
「脈絡のないことを言うけど、前にシュウから聞いた由衣ちゃんの話を思い返していた」
「本当に、いきなりだね」
好きな子の名前が出て、シュウは照れた様子で前髪をいじった。可愛いリアクションをしてくれる。
「由衣ちゃんが可愛い子だって聞いてはいるけど、写真があるならば見せて」
「いいよ」
恥ずかしがって断るかと思っていたら、意外にも見せてくれるようだ。シュウはジュースをベンチに置くと、スマートフォンを取り出す。
一面のコバルトブルーを背景にして、セーラー服の女の子がはにかんだ笑みを浮かべていた。可憐で、守ってあげたくなる女の子。黒目がちで、ゆるふわのショートボブが似合っている。
「これ、卒業アルバムを撮った?」
「うん。綺麗に撮れているでしょ」
「まあ、影は入り込んでいないし、ブレていないね」
「本人が被写体になってくれれば最高だったけど」
「どうして、お願いしなかったの?」
「恥ずかしいし、断られたらショックだもん」
「ヌードモデルになってと頼まない限り、普通はOKするよ」
「ヌードなんて、絶対に言えない。確実に変質者扱いされる」
今のセリフ、芸術家が聞いたら殴り掛かってくるよ。ハイスペックなのに、自己評価が低い子だ。告白すれば、成功する可能性が高いだろうに。
中学二年生の時、私は冗談を装って、好きな人に告白した。お前は楽しい奴だけど、恋愛対象として見られないとフラれてしまう。真に受けないでと笑ったものの、本当は凄く傷付いた。
それ以来、いいなと思う人がいても、恋する前に諦める。そういう人は決まって、私以外の子を好きになるから。
由衣ちゃんは子猫を保護したものの、ペット不可のマンションに住んでいた。仲の良い子達に相談すると、引き取り先の心当たりはなく、力になれなくてごめんと詫びられる。
母親からは、元の場所へ戻すか、保健所に連れて行くしかないと言われた。このままでは処分されると、由衣ちゃんは大きな目に涙を滲ませる。
「子猫を飼ってくれそうな人を探すよ」
「近くに保護施設がないか調べよう」
本来のシュウならば、こんな風に答えただろう。でも、口から出たのは次のセリフだった。
「オレが飼うよ」
持っていたスマートフォンで家に連絡をすると、猫を飼うことに問題はなかった。家族から了解を得たと伝えれば、みるみる由衣ちゃんの悲しみが晴れていく。
後日、由衣ちゃんは親に事情を説明して、子猫に掛かるお金を負担すると申し出た。それに対して、初期費用は折半してくれたら助かるとシュウは答える。
以上のエピソードを聞き終えた私は、大袈裟に息をついた。いくら好きな子の前とはいえ、格好つけ過ぎ。
「シュウは、もっと慎重な子だと思っていたのに」
「耳が痛いな」
「猫ちゃんは今も飼っているんだよね?」
「勿論。今は二歳くらいで、オレに凄く懐いている」
シュウはスマートフォンを操作して、私に画面を見せた。鯖トラの猫がおすまし顔で映っている。
「可愛い、オスメスどっち?」
「女の子」
「名前は?」
「鯖って、魚編に青でしょ。鯖トラだからアオにした」
「シャレで付けられたのか、アオちゃんは」
「もっと見る?」
「うん」
シュウは次々と、アオちゃんの画像や動画を私に披露する。アオちゃんがシュウに懐いているのは一目瞭然だった。
「今も猫は駄目なんだよね」
「うん。奴等って、何を考えているか分からない不気味さがあるんだもん。でも、アオは特別」
「由衣ちゃんが関係しているから?」
「それもあるね。アオを飼うと言った時、オレに見せてくれた笑顔を今でも覚えている」
シュウは古い傷が痛むような表情で微笑む。過去の笑顔を大切にするシュウを、私はただただ見守った。
視線を正面に戻すと、高校生カップルはイチャイチャ続行中。あちらは見ないようにして、シュウに話を振る。
「脈絡のないことを言うけど、前にシュウから聞いた由衣ちゃんの話を思い返していた」
「本当に、いきなりだね」
好きな子の名前が出て、シュウは照れた様子で前髪をいじった。可愛いリアクションをしてくれる。
「由衣ちゃんが可愛い子だって聞いてはいるけど、写真があるならば見せて」
「いいよ」
恥ずかしがって断るかと思っていたら、意外にも見せてくれるようだ。シュウはジュースをベンチに置くと、スマートフォンを取り出す。
一面のコバルトブルーを背景にして、セーラー服の女の子がはにかんだ笑みを浮かべていた。可憐で、守ってあげたくなる女の子。黒目がちで、ゆるふわのショートボブが似合っている。
「これ、卒業アルバムを撮った?」
「うん。綺麗に撮れているでしょ」
「まあ、影は入り込んでいないし、ブレていないね」
「本人が被写体になってくれれば最高だったけど」
「どうして、お願いしなかったの?」
「恥ずかしいし、断られたらショックだもん」
「ヌードモデルになってと頼まない限り、普通はOKするよ」
「ヌードなんて、絶対に言えない。確実に変質者扱いされる」
今のセリフ、芸術家が聞いたら殴り掛かってくるよ。ハイスペックなのに、自己評価が低い子だ。告白すれば、成功する可能性が高いだろうに。
中学二年生の時、私は冗談を装って、好きな人に告白した。お前は楽しい奴だけど、恋愛対象として見られないとフラれてしまう。真に受けないでと笑ったものの、本当は凄く傷付いた。
それ以来、いいなと思う人がいても、恋する前に諦める。そういう人は決まって、私以外の子を好きになるから。
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