背中を押す

文字数 1,917文字

 昼休み開始のチャイムが鳴って、私はりなっちと飲み物を買いに行く。りなっちは高校で知り合った子だけど、相性が良いのか、すぐ気心の知れる仲になった。
「ゆいぴとシュウって、付き合っているの?」
「シュウは友達だよ。イチャイチャして見えるなんて心外だな」
「ゆいぴがそう言うなら信じる。ただ、アンタ達って仲が良いから、羨ましがる子が結構いるみたい」
「シュウが私を恋愛対象として見ることはないのにね」
「その根拠は?」
 喋っているうちに、昇降口前の自動販売機コーナーに着いた。買い求める生徒の列が出来ていたので、一旦、話をストップする。私は目当てのアイスティをゲットすると、りなっちに目配せをした。
 人気のない北校舎側に移動して、誰も来ないことを確認。シュウに口止めされていないけど、他人の耳に入るのは避けたかった。
「さっきの続き。ここだけの話にしてくれる?」
「了解」
「シュウには好きな子がいるの。しかも、年季が入っている」
「なるほど。だから、次々とフッているのか」
「もし私に気があれば、自分の恋バナはしないでしょ」
「普通に考えれば、そうだね」
 りなっちは納得したのか、ふむふむと頷く。そう、私とシュウの間には甘ったるさの欠片もない。


 学校帰り、シュウと駅前の大きな書店に寄る。今日も気温は三十度を超えているので、しばらく涼しい店内から出たくない。
 エントランスに話題の書籍を揃えたブースがあって、シュウと一緒に眺める。ディスプレイされた作品について喋ってから、プラプラと各コーナーを渡り歩いた。
 突然、シュウが足を止める。シュウの目線を辿って、石化した理由が分かった。文庫本のコーナーに、由衣ちゃんがいる。
 女子校の制服って、可愛いな。パフスリーブのブラウスに、胸元にはボルドーのリボンタイ。膝上よりやや短いプリーツスカートは、セピア地に茶色のチェック柄だ。
 前に見せてもらった画像の頃より髪は伸びて、一つに結んでいる。卒業写真も可愛かったけど、実物はそれ以上だった。
「チャンスじゃん、声を掛けてくれば?」
「オレなんかが馴れ馴れしく近付いたら、迷惑に思われる」
「シュウは不審者扱いされるようなことを由衣ちゃんにしたの?」
「まさか」
「だったら、『久し振り、元気だった?』って、堂々と挨拶すればいいじゃない」
 私は知っているよ。街中で由衣ちゃんに似た女の子と擦れ違う度、目で追っていることを。無意識に探すくらい、好きなんだよね。
 えいと小突くと、シュウはぎこちない足取りで由衣ちゃんに近付いた。健闘を祈る。私はシュウを見送ってから、女性誌が並ぶコーナーを覗いた。


 ポンと肩を叩かれて、私はティーン向け雑誌から目を離す。頬を上気させたシュウが隣に立っていた。
「由衣ちゃんは?」
「まだ文庫本のところにいる」
「一人みたいだし、一緒に帰ろうって誘えば良かったのに」
「そんなことを考える余裕がなかった。第一、ヒナちゃんを放置出来ないよ」
「メッセージで一言残してくれたら、怒らないって」
 律儀な子だと苦笑いしながら、雑誌を元の場所に戻す。十分以上は話したのだろうか。スマートフォンで時間を確認しながら、シュウの頑張りを認める。
「話、弾んだ?」
「アオの写真を見せたら、凄く喜んでくれた」
「拾った子が大事にされていると分かって、由衣ちゃんは安心しただろうね」
「良かったら写真を送るって言ったら、連絡先を交換してもらえた」
「やったじゃん」
 シュウにしては、機転の利いたことを言った。きっと下心はゼロで、純粋に由衣ちゃんを喜ばせたかったのだろう。
「シュウが勇気を出したご褒美に、飲み物をおごってあげよう」
「いや、待たせたお詫びにオレがごちそうする」
「そんな悪いわ、奥さん。私が出しますって」
「誰が奥さんなのさ」
 馬鹿馬鹿しくなって、二人同時に笑い出す。結局、割り勘にしようということになった。
「どこでお茶をする? 私、甘くてまろやかなものが飲みたい」
「フワッとしているなあ」
 シュウは笑ってから、コーヒーショップに行こうと提案する。今の時間帯は混んでいそうだけど、二人分の席ならば確保出来るだろう。
 書店を出ると、ヌワッとした熱気が襲い掛かってくる。隣を見上げたら、シュウは暑そうに前髪をかきあげていた。
 容赦ない陽射しに目を細めても、口元に淡い笑みを浮かべている。由衣ちゃんとのやり取りを思い返しては、喜びを噛み締めていそうだ。
 寂しさを感じたのは、シュウの恋に進展があったから。付き合うようになれば、由衣ちゃんを最優先にするだろう。今みたいに遊ぶ機会はなくなる。
 馬鹿だな、切なそうに溜息を零されるよりはいいじゃない。頑張れ、シュウは素敵な男の子だから上手くいくよ。
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登場人物紹介

比奈結子(ひな・ゆいこ)

ハキハキした性格の女子高生。

中学時代に失恋して以来、ナカナカ恋ができないでいる。

邦倉修士(くにくら・しゅうじ)

結子と同じクラスで、周りから仲良しコンビとして認定されている。

チャラいイケメンに見られがちだが、実は草食系男子。

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