意識するのは、素敵な男の子だから

文字数 2,198文字

 シュウとは、これまでと変わらない付き合いをしている。休み時間にお喋りしたり、放課後に寄り道をしたり、休日に出掛けたり。
 シュウと顔を合わせる度、私は頭を悩ませる。記憶が戻るまで、距離を置くべきではないか?
 シュウに好きと言われたことを、いちいち意識している。そういう目で見られないなんて、どの口が言うのか。
 シュウと一緒にいると、上手く呼吸が出来ない。胸の中心が痛くて熱い。眼差しや微笑みにいちいち反応して、言葉を深読みしそうになる。
 恋愛脳になってどうする。全部、由衣ちゃんに宛てたものなのに。
 シュウに名前を呼ばれる度、苛立ちや切なさ、憐れみが入り混じる。本当は由衣ちゃんの名前を呼びたいのに、別の言葉しか口に出来ないみたいだ。


 今日の放課後、市街地にあるクレープ屋さんで買い食いをする。お客さんは、女の子グループやカップルが多い。
 種類は豊富で、候補を三つに絞って悩んだ末、生チョコとオレンジのクレープに決めた。シュウは、イチゴとカスタードのクレープを頼む。
 店内のテーブルは全て塞がっていたので、私達はテラスのベンチに座った。ふと隣を見ると、シュウがあまりに近くてドキリとする。距離間がバグっていると、前に夏南ちゃんから指摘されたことを思い出した。
 事故に遭う前とパーソナルスペースは変わらない筈。男の子に初めて好きと言われたからって、自意識過剰だ。
「結子ちゃん?」
 シュウが心配そうに、顔を覗き込んでくる。いつ見ても、端整な顔立ちだ。
「えっと、いただきます」
 一口目を頬張れば、生地はもっちりして食べ応えがある。モグモグ口を動かしていると、横から視線を感じた。シュウが静かに笑みを湛えている。
「結子ちゃん。オレといるの、楽しい?」
 心を読まれたみたいで、ギクリとする。シュウは相手の機微を察するところがある。もう少し鈍ければ、楽に生きられただろうに。
「退屈ではないよ。今の私って、中二男子と同じなの。無意味に悶々としている」
「中二女子ではないんだ」
「女の子は、もっと大人の考えをするよ」
「それで、何に悶々としているの?」
 シュウは柔らかい口調で、答えにくいことを尋ねてくる。誰が言うかと思ったものの、一かけら分は晒してもいいかと考え直した。
「シュウは、私のどこが好き?」
 自分のことを忘れたとしても、本質は変わらない。それならば、シュウの好みは?
「私はゆるふわ女子じゃないし、守ってあげたくなるタイプでもない。頭を打ったせいで、嗜好が歪んじゃった?」
 前に見掛けた姿やシュウから聞いた話から判じて、私と由衣ちゃんは似たところがない。シュウは、みるみる顔を赤くさせて俯いた。
「本人を前にして、好きなところを言うのは照れる」
「あ、ごめん」
 咄嗟に謝った後、ちょっと待ってと思う。今の口調、本当に私の好きなところがあるみたいではないか。
 余計に悶々として、また一歩、中二男子に近付く。この場を繋ぐ会話を絞り出せず、私はクレープの残りを黙々と食べた。ココアパウダーのほろ苦さが、いつまでも舌に残る。


 クレープを全て胃に納めて、包み紙を小さく畳む。目でゴミ箱を探すと、店内に設置してある旨が書かれた貼り紙を見つけた。立ち上がろうとしたら、シュウに手首を掴まれる。
 シュウが意を決したような顔付きだったので、反射的に腰を降ろした。まだ手を掴まれていて、きつく握られていないのに、外すことが出来ない枷を嵌められた気分。
「結子ちゃんは優しい子だよ。退院したばかりの頃、オレへの気遣いが重過ぎず、だからと言って表面的なものじゃなかった。それに、どんなに情けないところを晒しても、見捨てないでいてくれた。きっと、結子ちゃんは友達だから当然だって言うんだろうね」
「うん」
「キッパリ肯定しちゃうんだ」
 シュウは声を立てて笑ってから、ようやく手を離した。まだ、掴まれている感触がある。困ったな、心臓がバクバクと痛くなってきた。
「結子ちゃんはしっかりしているから、オレなんか頼りないって思うよね。それでも、ヘタレなりに支えたいんだ」
 馬鹿。シュウのお陰で助かったことは、数えきれないくらいあるよ。
 シュウが私に告げた言葉は、愛の囁きにも友への賛美にも聞こえた。つまり、私の受け止め方次第。何を思ったのか、シュウははにかんだ笑みを見せる。
「結子ちゃんは可愛いよ。前髪パッツンなところとか、子犬みたいな目とか。あと、笑顔が特に可愛い」
「すみません、シュウさん。勘弁してください」
「どこが好きなんだって言ったのは、結子ちゃんだよ」
 シュウの意見は、ご尤も。シャイボーイと甘く見たのが悪かった。今度こそ立ち上がって、シュウに手を差し出す。
「ゴミ、捨ててくる」
「オレが行くよ」
 シュウも立つと、私から包み紙を取り上げた。当然といった所作でゴミを捨てに行く。時間にして約二分後、シュウはお店から出てきた。
「ありがとう」
「どういたしまして。オレって、結子ちゃんのストライクゾーンから外れているでしょ」
 妙に確信を持った言い方だった。私のひねくれた恋愛観を見透かしたのか?
「シュウは素敵な男の子だからね。私には高嶺の花だもん」
「ううん。結子ちゃんが望めば、すぐ手に入るくらい身近な花だよ、オレは」
 シュウが仕方ないといった風に微笑む。好きな子がいると思い詰めた顔でカミングアウトしてきた友達を、誰が彼氏候補に挙げるのというのか。
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登場人物紹介

比奈結子(ひな・ゆいこ)

ハキハキした性格の女子高生。

中学時代に失恋して以来、ナカナカ恋ができないでいる。

邦倉修士(くにくら・しゅうじ)

結子と同じクラスで、周りから仲良しコンビとして認定されている。

チャラいイケメンに見られがちだが、実は草食系男子。

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