呪いの所在

文字数 2,233文字

 ある休日、秀貴と伯母の紫と三人で茶屋に膝を並べ、量の多くない抹茶と茶菓子をゆっくりゆっくり味わっている。紫とは呪いの影響も鑑みて一年に一度だけ会う約束をしている。しかし、どういうわけかこうして茶屋に呼び出されご馳走になっている。
「結局秀人さんの異能ってなんだったんですかね」
 俺が二人にそう問いかけると二人同じようにゆっくりこちらに顔を向けた。

「そういえば、なんだったんでしょうか。父さんはずっと知らなかったと言っていましたね。僕のような傷の再生能力はなかったと」
 秀貴が紫の方へ視線を向けると紫は秀貴へ微笑みかける。
「なんでしょうね。わたくしにも見当がつきません」
 紫はそう言って秀貴を愛おしそうに見つめた。秀貴は明確な回答が得られなかった落胆よりその目線に居心地が悪そうにこちらをチラチラ見て助けを求めていた。
「それこそあの才色兼備が異能だったんですかね。沖津さん曰く、自己管理以外はなんでもできたそうじゃないですか」
「あの自己管理の悪さは忠義さんが甘やかしたからですわ」
 うふふと笑みをこぼす紫は小さく切った練り切りを一口頬張った。
「そうね、それもあるかもしれない。並大抵の努力ではない、努力したとも思わないあの子はまさに天才だったもの。だけれどわたくしは、あれはあの子自身の力だったと思うのです。確証はありません。ただわたくしがそうであれば良いと思うのです」
 紫のその言葉に秀貴も「僕もそう思います」と少し誇らしげに肯定すると紫は嬉しそうにまた微笑んだ。

「それで貴方の能力はどういったものなのです?ご存知?」
 紫には俺に鬼蜘蛛が取り憑いたことは定期連絡で申し送り済みだ。
「俺にもわかりません。傷は確かに治ったんですが回復能力もないですし、これといって変わったことはありません」
 本当にわからない。あれから死なない程度に試してみたものの(秀貴に烈火の如く怒られた為二度目はない)これといって変わってるところもない。毒や熱への耐性は元々あったし、体が倍動くかと言われるとそれもない。
 それを聞いて紫は頬に手を当て少し考える素振りを見せるとゆったりとした仕草で俺の方へ向き直る。
「こうではありませんこと?秀人と貴方には与えるものがなかったのではなくって?きっと貴方達の方が鬼蜘蛛より強かったのだわ」
 その言葉に秀貴は「僕は……」と表情が変わらない程度に悲しそうになった。「だって貴方は幼いんですもの」と頭を撫でると余計に悲しげになった。そんな秀貴の様子を微笑ましそうに見ていた紫は手を膝に置くと少し憂いを帯びた表情を見せた。
「もしかすると、秀人の能力は貴方を守ることだったのかもしれない。秀人が守る必要が無くなったから……呪いが移譲した」

「俺が殺したも同義ですか」
 その言葉に紫はいつもより圧を感じる程に凛とした表情で「それは違います」とこちらに向き直り真っ直ぐ言い放った。
 違わないだろう。直接手を下したのが鬼蜘蛛でも俺を代替わりとしたなら間接的に俺が殺したことになる。殺し屋として何十年生きてきて、初めて認めたくない事実だった。自分の恩人、縁の繋ぎ目を殺したのは俺だ。俺は1番大切なものを得るために大切なものを切り捨てたのだ。
「それは違う」
 秀貴が俺の前髪の下から覗き込んでいた。その両目は澱みなく透き通る赤眼が俺を射抜いている。
「お前は父さんを殺してなんかいない。仮にお前が殺したなら僕も同じだ。お前と僕が殺した」
 そういう自己犠牲的な擁護はやめてもらいたい。俺と貴方の間には絶対に超えられない溝があるというのに無理矢理飛び越えようとしないでほしい。第一、赤の他人の俺でなく貴方になら殺されても良かったはずだ、あの父親は。
 沈黙を破ったのは紫のため息だった。ふうっと大きくもない溜め息でもこの張り詰めた沈黙を切り裂くには十分だった。
「誰が責任があるとかやめましょう。わたしくの配慮不足でしたわ。ごめんなさい。誰のせいでもないのです。貴方達はまだこれから先が長いのですから抱えすぎてはいけないのに」
「俺は別にいいですよ〜殺し屋の本業ですし〜」
「思ってもない嘘はやめろ」
 俺に対して掴みかかるように前のめりで言葉を被せる秀貴を「喧嘩はおよし」と紫は嗜める。
「でも今の言葉、秀貴の言う通りですわ。冗談でもいけません」
 冗談くらい言わせてくれ。そして責め立ててくれれば俺の気も少しは晴れるのだろうに。
「許されることが今の俺にはどうしようもなく辛いんですよ」
 口からついて出てきた言葉に二人は固まる。
 しまった、余計なことを言った。まったく、最近は特に口が緩い。ここに来る前からは考えられないほどに。
「辛くても耐えなさい。貴方は許されなければならないのです。秀人も本意ではありませんし、わたくしも秀貴も貴方に責があるなど思っていないのですから」

「紫さんは厳しい人ですね」
「あら、わたくし、貴方といくつ離れていると思っていらっしゃるの?わたくしは人より裕福で恵まれた人生ではありますけれど、伊達に歳はとっておりませんの」
 悪戯っぽい笑みを浮かべる紫は二まわりは離れているが少女のようだった。凛とした冷たい雰囲気とは打って変わってコロコロと表情の変わる可憐な女性。
「ところで紫さん、今日はどういったご用件だったのです?」
「やだわ。わたくしの可愛い甥っ子

に会いたいと思っただけよ」
「呪いのこともあるので申し訳ないですが控えていただき……」うん?

「ではまたね。秀貴、至宝」
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