第7話 雷雨の記憶

文字数 1,526文字

この時期になると多くなる激しい雷雨に今年も見舞われている。
雨戸を閉め切った室内にいても強風が家屋を揺らし、雷鳴が轟いていた。
「今年もひどくなりそうですね」
「あぁ……そうだな……」

「貴方、砲撃も銃声も平気なのに何故雷だけは苦手なんですか」
「雷は落ちてくるかもしれないだろ……」
「砲弾も銃弾もですけどね」と言いながら部屋の隅に縮こまった寝巻きの少年に呆れていた。

「俺は雷より、いつ喰われるかわからない姿も見えない妖怪の方が怖いと思うんですが、それは怖くないんですか?」
「ずっといるから怖くない」
「雷ももう毎年ですが」
揚げ足を取るなと言わんばかりの棘のある視線が突き刺さるが、平常時よりその力は半分にも満たない。

今年は1人で眠れそうかと聞くと即答で「無理だ」という返事をいただき、こうして寝室にいるわけである。
雷雨の時期になると恒例なのでこれで9回目になる。まあ、他にも怪談話を読んだとか任務でヘタこいたとか、眠れないというので付き添いの回数は10は超える。だが、あまり言うと拗ねるので黙っておくのが良い。妖怪の呪いを受けているのに怪談話が怖いのが昔から可笑しくて、それを笑ってしまうのはそろそろ許されたいところだ。

暗がりの室内の真ん中に布団がひかれ、その横に腰掛けて彼が眠るのを待つ。

眠るというのに少年は声をかけてくる。
「お前に怖いものはないのか」
「毎回聞きますね。ないですよ。なんで聞くんですか?」
「だって僕ばかり怖がってる」
「歳を取ればどうでもよくなりますよ」
「ふうん。昔は何が怖かったんだ?」
そう聞かれて懐かしい記憶が蘇った。自分が蓋をし続けた過去の記憶。その蓋が年々開いてきている。
「う〜ん。俺も昔は雷が怖かったんです。俺に狙いを定めて落ちてくるんじゃないかって」
昔の記憶から横になった少年に目をやると暗がりでもわかるくらい目が爛々としていた。「寝てください」。
「どうやったら怖くなくなったんだ?」
「雷より怖いものを見つけたら怖くなくなりますよ。『こんなものか』って思えます」
「雷より怖いものってなんだ?」「色々あります」「今はもうないんだろ?」

「今は……そうですね。やっぱりあります」
「何?」と勢いよく起き上がって目線を合わせてくる少年。期待と好奇心を含んだ昼間より赤みを増した灼眼が灯りのない室内に浮かんでいた。
「秘密です」「お前だけ言わないのは狡い」「大人なので狡いんですよ」

「お前の怖いものがわかれば僕がどうにかできるかもしれないだろ」
「『苦手が弱点になる』ならお互い補えばなくなる」
少年に出来ないことはないという自信に満ち溢れていた。そうだろう。少年の一言一言に頑張って封をしていた記憶の、心の蓋が徐々に開いてしまう。こうして何年もかけて、自分が少年といるよりもっと長い時間をかけて溜め込んだものに触れては溶かしていくのだ。この恐ろしい少年は。
「誰にも言わないでもらえますか」
「勿論」


「お役御免になることです」
「ずっとここにいたいです。貴方のそばにいたいんです。でも役目がなくなったり、俺が使い物にならなくなったりして、出ていかなくなったら……とても恐ろしいです」「俺はもう、昔のようには生きてはいけないんです。ここが居心地が良すぎてどうにかなってしまったんです」
外の雷雨にかき消されることなくその言葉が届く距離に少年はいた。

「ずっといたらいい。父さんだって許してくれる。ダメだって言ったら、僕もお願いする」
この少年はそうだ。いつも俺の欲しい言葉をくれる。この世で1番恐ろしいものはこの少年かもしれない。
「その言葉、忘れませんよ」
「忘れないでいい」

「僕も忘れない。お前が『ここにいたい』と言ったことを」


激しく鳴り響く風雷はもう聞こえない。
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