第6話 弱み

文字数 1,591文字

「弱い部分を見せては駄目よ。それは隙になるから」

「隙を与えては駄目よ。それは失敗になるから」

「失敗しては駄目。あなたの弱さにつけ込んでわたし達に何かあったらどうするの?」
「苦手は無くしなさい。無くせないなら隠しなさい」
「貴方は完璧でなければならないの」
「貴方は“至宝”になるの」

失敗しては駄目。弱さは悪。そう頭の中でこだまする。寝てる時でも起きてる時でも常に。

でももうそろそろいいんじゃないかな。
失敗しても、弱さを見せても。
失敗して迷惑かける貴方達はもういない。弱さを見せて俺が危険な目に遭っても、もう、誰も困らないじゃないか。

いや、駄目だ。俺が完璧でなければ“ここ”にはいられなくなるかもしれない。
俺が危険な目に遭ったら被害は隊長達に及ぶ。隙を見せたら軍の不利益になる。
完璧であることが俺の存在意義なのだ。

いつからかとても虚しくなってしまったな。完璧な暗殺者“鬼蜘蛛”であることが俺の存在意義なんて。このまま誰にも“俺”を見てもらえずにどこかで死ぬなんて。



「辛いな。醤油が多いのか」
「あ〜そうなんですか……」
鍋を前にしてぐったりと項垂れる男に少年は慰めるように「見た目は悪くない」と言うものの、男には届いていないようだ。
「そんなに落ち込まなくても良いだろ。食べられないわけではないんだから……」
少年は料理よりも目の前の男をどうするかに手間取っていた。
「食べないでください失敗なので」
「捨てろと?そんな勿体無いことするか」
あぁと大きな溜息を漏らす男に少年は問う
「他人には『失敗しても良い』『誰にでも出来ない時はある』と言うくせに自分の失敗は許せないのか?」。
「『それはそれ、これはこれ』ですよ〜」
男は項垂れた首を勢いよく天井に向けて「今度道子さん頼んで料理してるのを見学させてもらいます!」と声高々に宣言した。
ちなみに道子は沖津の妻であり、幼い頃から秀貴の世話をしてきた人だ。現在は補佐官がいるため家にはいないが、沖津のいない日が続くと料理を作ってくれたり家事を手伝ってくれたりする2人の料理の先生だ。


少年は男の姿が珍しくて少し滑稽で笑ってしまった。
「お前にも出来ないことがあるんだな」

そう言うとさっきよりも凄い勢いで顔を向けて
「ないです!!!俺に出来ないことはないですから!!!」
「見ててください!!俺には苦手なことなんてないので!!」
あまりに男の必死な様子に面白さは萎んできた。
「……別に苦手なことがあっても良いだろ」
「お前が料理が苦手なら僕がやれば良いだけだ」


へ?と素っ頓狂な声が室内に響き渡った。
「なんだその間の抜けた声。今日は見たことないお前ばかり見る」
「驚いたので」
「何に?」

「俺に出来ないことがあっても良いんですか?」
「当たり前だろ」
「『出来ないことがあっても良い』と言ったのはその口だが?」
「そう、ですけど」

先ほどの勢いはどこへ行ったのか、男は何かを熟考し始めた。

「ねぇ秀貴さん」「なんだ」
「もし俺がこれを機に失敗しまくったらどうします?」
「それは困る」

「が、そういう時もあるだろ。失敗を未然に防ぎ、再発防止に努めるのも上司である僕の役目だ。お前が必要以上に気負う必要はない」
「……。」

「貴方が特別優しいのかよくわかりませんが……そうですか」
「父さんだって沖津さんだってそうだろ。お前は確かに優秀で、だから軍に呼ばれたんだろうけど、あの人達は失敗を許さない程器量の狭い人じゃない」
「そうですよね……」


「ありがとうございます」
「何が?」
「俺の失敗を許してくれて」
「当たり前だろ」
「『当たり前』ですか」




翌日
「美味しい。これお前が作ったのか?」
「ええ!」
「道子さんに頼んで後ろから見させてもらったんです。味付けは適当と言われて困ったんですけど、見ていたらこのくらいだろう、と感覚を掴むことができましたね」
「本当に優秀だなお前は……」
「でしょう?これからも頼ってくださいね」
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