第24話 心の両面

文字数 2,011文字

まだまだ寒い日が続くが、この邸宅ではその寒さが身に重くのしかかっていた。

「佐々木の死刑が執行された」
家に帰って開口一番に補佐官と秀貴に告げられた、スパイ容疑で拘束された佐々木道明の結末だった。
「結構時間かかりましたね。証拠十分ですぐ実行されるかと思いましたよ〜」
そんな補佐官のいつもの軽い口調は場違いのような雰囲気が邸宅内にじっとりと染み出している。
「他に動機があるのではないかと、長引いたんです」
そう言う沖津は秀人の顔を頻繁に伺っている。陸軍大将は表ではその姿を見せないが、自分の信頼していた部下、まして古くからの友人が自分を嵌めようと命の危険まで犯したのだ。動揺するくらいには人間なのだ。
「他の動機とは?」
秀貴は秀人を気にしながら沖津に問うたが、秀人はフッと吐くように言った
「相手の国の出世、他の国が絡んでいるのではないか、様々な可能性だな。何をどれだけ聞いてもあの男の証言は変わらなかったが……」。
悪いが少し休むと言い残し秀人は自室へ向かった。狼狽ぶりは目に見えて明らかであり止める理由もなく後に残された3人は秀人の向かった先を見つめるしかなかった。
「沖津さんが尋問の中心になってたんですよね?佐々木少佐の態度は変わらずですか?」
この重苦しい空気を気に留めていない補佐官が空気を少し軽くする。
「ええ、情報を流した証拠は出てきてもそれ以外は出てきませんでしたから……あの男の言う通りなんでしょうね」

「佐々木道明は昔から父さんのことを憎んでいたのですか?」
「そうだ、と言っていました。秀人さんを妬む者は多いですから、私はその中の1人という程度の認識でした」
「父さんを妬む輩、邪魔者にする輩は多数いますが、そんな危険を犯してまで……」
鎮痛な面持ちで話す秀貴に補佐官はあっと何か思いついたように
「あぁ、わかった。死ぬか殺すかしかないんですよね。それだ。俺は共感できますよ」と2人に話した。
沖津にとって補佐官のその言葉は自論の裏付けとなり「そうなんでしょう」と表情を曇らせた。
「あの男はずっと昔から秀人さんのことを憎んで妬んで嫌っていたんです。ですが……

それと同じくらい、秀人さんのことを忘れられないでいたんです」

「軍にいて離れられないからですか?」
秀貴は沖津と補佐官を交互に見返す。
「物理的にはそうですね。仮に軍を離れても陸軍大将の名は帝都にいる限り聞こえてくるでしょうから“評価”という面でもそうです。ただあの男はどこに行っても秀人さんからは逃れられないのです。
それ程までに秀人さんが佐々木の人生に介入してしまった」

「『心底嫌いたい相手なのに嫌えなくてストレスが溜まる』ってやつですよね〜」「それです補佐官殿」

「それは……嫌いではないと言うことですか?」
「どうでしょうね……嫌いは嫌いだと思います。あの憎しみも妬みも自分の生命を賭せるくらいですから。しかしその“嫌い”と同じだけ救われたものもあったのです」
「だから余計に嫌いになる、ってことですね。負の感情の循環ですね〜」

「秀人さんにとっては自然に接していただけですから衝撃も大きいと思われます」
一連の話を聴いた秀貴は自分の身に置き換えても、秀人の感情に寄り添っても辛いものでしかなかった。
「自分にとっての好意が相手には悪意として認識されているんですね……それは、恐ろしい、です」


「好きと嫌いは共存するんですね」
そんな感想が秀貴の口からついて出た。
「大部分が嫌いでも一部が熱狂的に好きならそういうこともあるんでしょうね……」
沖津は手で温めていた冷めた湯呑みを口につけ息を整えていた。
「周りの者は皆『そんな理由でこんな大事起こすわけがない』と他の証拠を探していたんです。私個人としても何としてでも証拠を見つけたかった。秀人さんのためにです。
でも分かっていました、あの男の証言に偽りはないのだと。どれだけ探しても証拠が出ないことよりも、今までの佐々木と関わった記憶と勘が私の裏付けになりました」

「私もあの男と同じなのです。秀人さんが人生の中心になっているのは私も同じなんです」
ハハっと笑った補佐官と沖津は訳知り顔で目配せをするが、いまいち話の飲み込めていない秀貴は置いてきぼりだ。

「好意でも悪意でも、行き過ぎたら『殺してもいい、死んでもいい』しかなくなるもんなんです。それくらい自分の中で大きく育ってしまった感情とはそうそう折り合いがつくものじゃない。そこまで大きくなったらそれを実行するか、苦しくても引きずって歩くしかないんですよ、ね?沖津さん」

「今の僕には難しい話だな」と秀貴が言うと2人は目を見合わせて「いずれわかりますよ」「そんなこと考えなくて良いんですよ貴方は」と意見が真っ二つに割れた。



「真木さん。貴方のこと、さっさと死んでしまえば良いとずっと思ってました。貴方がいるから私は苦しいんです。今すぐに貴方が死ぬか、私が死ぬか。希みはそれだけですよ。もうずっと昔から」
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