第214話 越前平定戦(6)源流の地

文字数 1,025文字

 翌朝、とりわけ激しい風雨の中を諸軍は各方面から
南越前 大良越へ進撃した。
 総大将 信長を戴いた諸将が
功を競って攻め入る様は凄まじく、
陸からの突撃に加え、
海からも浦々港々に上陸し、
諸所を焼き払い、膨大な首を討ち取った。

 大将達はこの戦いの重要性を認識し、
武功をあげようといつにも増して奮起した。
 南越前は織田家発祥の地であり、
勝幡織田家の源流は越前国 二宮の格式を誇る
織田(おた)(つるぎ)神社の神官だった。
 信長は勝家に命じ、神社の庇護を厚くした。
 祭神は建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)で、
神話上、朝廷の男系の祖先にあたった。
 由緒としては、
仲哀(ちゅうあい)帝の皇子 忍熊王(おしくまのみこ)
この地の悪漢を退治して、
平定が成った感謝の印に須佐之男命を北方の山に祀ったことが
神社の始まりだとされ、
以降、八百年の間、歴代領主の崇敬を受け、
保護された。
 興味深いのは、須佐之男命、
忍熊王と並んで祀られている気比大神(けひおおかみ)
開拓の神であり、
中世からの脱却を目指した信長の意志と結果的に符合して、
かつ、当地では英雄である忍熊王が、
日本書紀では神功(じんぐう)皇后と対立し、
反乱を起こす朝敵として描かれていることだった。

 野を駆け、川に遊ぶ日々を送った若き日の信長は、
放埓な野生児である反面、
傳役(もり) 平手政秀により付けられた沢彦(たくげん)宗恩の許で
知恵と知識を授かって、
大名家の男子としての素養、教養は当然、備えていた。

 「上様の御始祖の魂が鎮座まします当地にて、
歴史的勝利を収め、
本願寺の息の根を是非にも止めてみせまする!
上様の御到来、忍熊王もさぞ頼もしく、
高覧されておられましょう!」

 と小谷(おだに)で信長一行を出迎え、
兵糧を差し入れた秀吉は挨拶を締め括った。
 極貧育ちで、文字さえ後々習ったような秀吉が、
劔神社の成立逸話を口の端に乗せ、
信長への崇敬の念を表したことは、
いかにも御調子が透けて見えたが、
実際、それは飽くなき向上心、探求心で、
別段非難するに当たらず、
暑苦しい程の(おもね)りも決して耳汚しではなかった。
 合理主義の信長にすれば、
やるべきことをやってさえいれば
何の不都合もない。

 小谷出立後、仙千代が、

 「先だっての猿楽といい、
劔神社の由縁といい、
羽柴殿の向学心は果てなくお見受け致します。
戦働きは一級、
此度の兵糧も十分にして過分な程であり、
羽柴殿の力量は圧倒されるばかり……」

 「好敵手 明智が、文武に長けておる故に、
藤吉郎の負けん気の火に油が注がれるか。
ま、それで良しだ。
戦に強いだけでは一国の主は務まらぬ。
あ奴も今や大名だでな」

 

 






 
 
 


 

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み