第205話 楚根城(8)御腰物①

文字数 564文字

 目が合うと信長は仙千代の涙の跡を認め、
屈託なく笑った。

 「おや。泣いておる。
目も鼻も赤うして、兎じゃな、仙千代」

 力演が平家を滅亡に追いやった義経物であろうとも、
信長が不興に捉えていないと分かり、
安堵した仙千代はまたも涙が零れた。
 思ってもみれば、
先だっての「藤吉郎一座」の演し物も
源氏物であったのだから、
寛いだ場で配下が好意で献じる芸事に、
いちいち目くじらをたてる信長ではないはずで、
自分こそ主の狭量を疑い、
杞憂を抱くとはと浅墓を恥じた。

 やがて演者一同、扮装を解き、
信長に挨拶をした。

 信長は一鉄と、嫡子 貞通に、

 「於濃に教えてやろう、
妹の嫁ぎ先では御舅殿の肝入りで、
珍しい演目が観られるぞ、
岐阜でもいつか観たいものだと」

 と機嫌の良い顔を見せ、
仙千代に、

 「それを」

 と言うと、
腰の物を貞通の嫡子、九歳の彦六に賜った。

 斎藤家を離れ織田家に降りて以降、
一鉄、貞通の父子は信長のあらゆる戦に加わって、
大いなる戦績をあげ、
しかも信長の(つま)と二代にわたる縁戚なのだから、
信長にとり、連枝衆に準ずる一族で、
美濃安定の為、稲葉家は極めて重要だった。

 「仰山の小天狗達を見られ、愉快であった。
末広がりの稲葉家は実に頼もしい」

 一家の男子を代表し、
幼い彦六が刀を賜り、重いのか、
両手で掲げ持つ姿が微笑ましく、
思わず誰も笑顔になった。

 
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