第339話 山口座(3)勝丸の談①

文字数 731文字

 信忠は山口座の演目が仏法に適い、
しかも衆生の暮らしをよく表し、励ますものだとして、
場を提供した寺に寄進を約束し、
座長の梅之丞には翌日、勝丸を使者として、
金子(きんす)の褒美を与え、
今回、領国の何処であっても興行を打って良いと許可を与え、
今後いっそう精進するよう、伝えさせた。

 日頃の務めに加え、
安土へ移る準備に多忙を極める仙千代、秀一を、
三郎ら、信忠の小姓達も当然のこと、手伝った。

 長谷川秀一は今も日頃は竹丸、竹と呼ばれていた。
新たな通名を考えないでもなかったというが、
いずれ武功をたてた後、
あらためてその時にと思い直したということだった。

 信長は家督と共に夥しい財宝を信忠に譲り、
天下に名の知れた茶道具も多く含まれていたものを、
そこへ今一度、
やはり茶の湯の名物を幾つも加えて譲り渡した。
 信忠の元服を終えた弟達、
信雄、信孝は平定という名の領土拡大の使命を帯びて、
北畠、神戸(かんべ)という伊勢の名家、豪族へ
軍隊、家臣を付けて、それぞれ養子へ出され、
名字さえ、織田を名乗っていない。
 織田家のすべてを受け継いだのが信忠で、
あくまで信雄らは信忠の臣下としての地位だった。
 とはいえ信長が信雄らに愛情を抱かぬわけはなく、
事あるごとに気に掛けており、
信忠もまた、弟達とは頻繁に手紙(ふみ)を交わして、
互いの動静などを途切れず伝え合っていた。

 数多の宝を確認しつつ記録して、
ひととき休憩を挟んだ時に勝丸が、
昨日、山口梅之丞を訪ねた際の話をした。

 極めて価値ある宝物を見て育ち、
当代一の師範に付いて何事も学んだ慧眼の信忠が、
たかがといっては何だが、
突き詰めれば所詮、猿楽まがいの雑劇一座を気に入って、
破格の褒美と待遇を与えた山口座であるのに、
再訪した勝丸の表情は晴れやかとは言い難かった。

 


 






 

 
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