第82話 岩鏡の花(14)水精山⑤

文字数 512文字

 城の滝を眺めつつ、
二人が交わした会話の続きだと、
瞬時に信忠に伝わった。

 信忠は仙千代との幾多の場面を覚えていた。
 濡れ衣を着せて、
足蹴にまでしたのは己であるのに、
失った鮮やかな思い出、
過ぎ去った日々を噛み締めて、
夜毎、枕を濡らした。

 仙千代もそうだったのだと、
あらためて知る。
 信忠との一切を忘れようとしたに違いないのに、
二人で語らった一言一句、
仙千代も記憶から消さないでいた。

 「言霊はあるのだな、
口にしたなら叶う日が来る!
天然の滝、こうして目にし、触れたのだ。
しかも二人で」

 何の隔てもないのなら、
信忠はそう言っていた。

 しかし瞳に引き込まれそうになった信忠は、
仙千代を支え、抱き寄せていた腰を離し、
顏も背けた。

 「儂が悪い。驚かせて。
転んで負傷したなら笑いものだ。
すまなかったな」

 信忠は滝を出た。
 三郎、勝丸がこちらを見ていた。

 と、滝の上から彦七郎の声がした。

 「三郎!勝丸!
アマゴが手づかみじゃ!
面白いぞ!上がってこぬか」

 空気を変えるように三郎が、

 「おう!直ぐに行く!」

 と唐突にも思われる大声で答え、
勝丸も一瞬迷って、三郎の後に従った。

 信忠が早々に岸へ上がると、
馬廻り達も従って、本陣へ戻った。



 
 




 

 
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