第206話 楚根城(9)御腰物②

文字数 612文字

 未だ陽は高いが岐阜への旅程を思えば
そろそろ出立を気にしなければならなかった。
 しかし信長に急く様子はなく、
鷹揚に語らいを続けた。

 「彦六が小天狗なれば、
入道殿は大天狗か」

 「滅相も無いことにございます。
大天狗は上様であられましょう。
国々各地の天狗達が参集し、崇め奉り、
従っている。
 この日ノ本に於いて上様でしか有り得ませぬ。
また、上様の御前(おんまえ)では、
孫は当然のこと、
この息子でさえも小天狗のようなものにて、
尚も修練を積み、御役に立たねばなりませぬ」

 一鉄は芯の通った男で、
何を言おうが(おもね)りの響きはなく、
ただそこに、稲葉一鉄として、居た。

 同じ源氏物でも今にして思うと、
羽柴殿の御一座は、
何やら、ひょうきんであった……
妙に滑稽味があった……
 違いはいったい何であろう……

 岐阜への帰路、
仙千代が思い出すでもなく思い出し、
つい、頬を緩めていると信長が、

 「一人、何を楽しんでおる」

 と訊くので、

 「稲葉様の鞍馬天狗、
まこと、感銘の至りでございました」

 と取って付けたように慌てて答えると、

 「義経もあれで最後は討たれて死ぬのだからな」

 さも何でもないことのように言った。

 信長が筋立てに没入しない質であるのは、
ここでも確と変わらないと仙千代は知った。

 「彦六ら、熱演は天晴れなれど、
所詮、作り物。
涙を流す仙千代が、
むしろ儂には趣向じゃわ」

 「感嘆なさり、
御腰物まで下賜されていたではありませぬか」

 信長は鼻先でフッと笑った。




 


 

 

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