二章:陰陽師の資質〈序〉

文字数 1,301文字

 幼い頃、陰陽師になりたかった──武術と竜道を磨き、勉学も怠らなかった。
 成長し、陰陽師になれた──家族も友人も喜んでくれた。誇らしかった。
 しかし、憧れた陰陽師にはなれなかった──こんなに地味で泥臭い仕事だとは思わなかった。給金も思っていたより低い。先輩も同僚もぱっとしない……。
 だから、陰陽師を辞めた──ここは僕の居場所じゃない。

 ──どこで間違えたのだろう?

 走馬灯のように過去を思い出しながら糸遊之摩耶(いとゆうのまや)は自問する。
 陰陽師を辞め、貿易商で働きはじめて二年。
 仕事は順調だった。徐々に重要な仕事を任されるようになり、大海の島に行く機会も増えた。大海の島では、付き合いとして夜の店にも足を運ぶようになった。女たちは摩耶の仕事や容姿を褒め、摩耶は女たちに金を与えた。
 そのうちの一人から、終業後、二人きりでバーに行かないかと誘われた。
 断る理由はなかった。
 感じのいいバーで女が進める酒を何杯か飲み──気がつくと見知らぬ男に胸ぐらを掴まれていた。粗野な見た目の男は「人の女に手を出しやがって!」──的なことを繰り返し怒鳴っていた。
 目だけ動かし周囲を確認すると、バーではなく見知らぬ部屋だった。生活感がなく奥にある硝子張りの浴室と傍らの大きなベッドが、一時の快楽を得るために利用されるホテルの一室であることを露骨に主張していた。
 ──あぁ、そういえば……。
 今日は、いつになく酔いが回るのが早かった。嫌な予感がして、さっさと金を払い覚束ない足取りでバーを出た。追いかけてきた女が「大丈夫ですか」「飲み過ぎちゃったみたいですね」「ちょっと近くで休みましょう」と言って腕に絡みついてきた。
 その女は今、服が乱れた状態でベッドの上に座っている。うつむき、微かに肩を震わせる姿は、被害者のように見えるが、それほど乱れていない髪の間から覗く赤い唇は、嘲るように弧を描いている。
 はめられたっ! ──と気付いた瞬間、摩耶の中に煮え立つような怒りが湧いた。
「おいっ! 無視してんじゃねぇよ‼」
 怒声と共に男の拳が顔面に叩き込まれた。
 強い衝撃に摩耶の意識はぱっと途切れ、次に目覚めると──……
「お早う、色男さん。やってくれたね」
 上等なスーツを纏った初老の男が両膝を折り曲げ腰を落とし、笑顔でこちらを見下ろしていた。その後ろには、揃いの黒いスーツを着た屈強な男たちが壁のように佇んでいる。そして床に這いつくばった摩耶の隣には、先ほど摩耶を殴った男と摩耶をはめた女が横たわっていた。露出した肌には、これでもかと殴られた痕があり、恐怖の表情を浮かべたままピクリとも動かない。息絶えている。
「そちらさんたちは、俺のお客さまでね。金を貸してたんだが、まだ返してもらえていないんだ。保険金もまだかけてなかったし……どうしたらいいと思う? 人殺しの色男さん。いや──……」
 初老の男の声は、とてもいい声なのだが、聞いていると何故か不快感を覚えた。
 じくじくと痛み出した顔面が、悪夢のような男と状況が現実なのだと訴えてくる。
 初老の男が摩耶の前髪を掴み、ニタリと笑う。

「人殺しの至竜さん♪」

 ──僕は、どこで間違えたのだろう?
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