第9話 ワルツとコーラス

文字数 1,959文字

第4場
十字架を掲げたまま、人々は去って行きます。

ようやく一息つくメフィスト。

またお会いしましょう。

皆さん、ご機嫌よう!

そこへやって来るファウスト。

すっかり悪魔の仲間になった体(てい)です。


一体どうしたんだ?
いえ、何も。

親愛なる紳士よ、何から始めましょうか?

あのきれいな娘はどこだ?

お前の魔法が見せてくれたあの娘だ。

あれは虚しい妖術なのか?

あの娘の貞節のお陰で近づけないんですよ。天も彼女を守っている
それが何だ。私はあの娘が欲しいのだ。

彼女に会わせろ。

さもなくばお前とはお別れだ!

あ〜ハイハイ、一瞬でも私の力を疑わせるとは、とんだ手落ちでしたな。

ご心配なく。あの娘はここに現れますよ。

何かファウストの奴、すっかり悪魔を自分の家来にしてるな
その代わり、あの世では悪魔に仕えるんだよ?

ファウストはよく怖がらないね

そのぐらい、幻影の彼女に惚れ込んでしまったということでしょう。

まもなく、本当にメフィストの言った通りになりますよ

先ほどの騒ぎを忘れたのか、市民たちはけろりとして戻ってきます。元通りの広場の喧噪です。

ワルツを踊り始める人もいます。

この場面のワルツは、独立曲として親しまれています。コンサート等で耳にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

動画ではありませんが、ベルリンフィルの演奏をどうぞ。

楽し気に踊る娘たちと学生たち。
あの娘たちを見ろ。

かわいいだろう?

さあ、一番きれいな子に、お前の腕を指し出すのだ

ファウストの心は動きません。だって会いたいのは、あの娘だけなのですから!
その嘲るような言い方はやめてくれ。

私をそっとしておいてくれ

一方でシーベルが現れます。何かを期待しているようです。
きっとここだぞ。マルグリートが通るのは
シーベルに近づき、からかう娘たち。
ねえ、この中の誰かと踊らない?
だめだめ、僕は踊らないよ
するとシーベルの予言通り! マルグリートが通りかかります。
……
息を呑んだのは、ファウストも同じです。
彼女がここに……! あれは彼女だ!
さあ行け! アタックだ!
だけどファウストの恋路には、邪魔者がいるではありませんか。
おーい、マルグリート!
すかさず、メフィストがシーベルの前に立ちはだかります。
何ですと?
あっ。呪われた奴め。ここにも出たか
おや、わが友よ。あなたがここに。

ハッハ(笑)。本当だ、わが友よ、あなたがここに!

マルグリートは一人です。これはメフィストが作ってくれたチャンス!

ファウストは彼女に近づき、腕を差し出します。

美しいお嬢さま。

あなたをエスコートすることを、お許し願えますでしょうか?

……!
唐突に目の前に現れた、知らない男。

マルグリートは緊張し、警戒してしまいます。

いいえ、ムッシュー。

私はお嬢様でも美人でもありません。それに私、どなたにエスコートして頂く必要もありませんわ。

マルグリートは真っ赤になって逃げ去ってしまいますが、ファウストはその後ろ姿にしつこく声を掛け続けます。
おお天よ。何という優美さ。何という謙虚さ。

美しいお嬢さん、私はあなたを愛していますー!

最後の「ジュ・テーム(愛している)」の歌い方はすごいけど……


何というか、ファウスト博士、あんまりスマートな口説き方じゃないねぇ(苦笑)

真面目な奴が急に遊び始めると、こんなもんだろ
そう。「ダサ男」ファウストは、悪魔の力を借りないと恋に勝つことができません。

ここ、結構ポイントかもね

あ~、彼女は行ってしまった……
メフィストはようやくシーベルを解放し、意気消沈したファウストの所へ戻ってきます。
どうだった?
まあな。はねつけられたよ

ヒーヒッヒ(笑)。

なるほど。博士よ、あんたの恋を、オレ様が手伝わなくちゃならねえな

ファウストとメフィストの二人は、仲良く去っていきます。

広場に残された人々が、再び喧噪に包まれます。

一体どうしたの?
マルグリートがね。

あのハンサムなお方の誘いを断ったのよ

またワルツを踊ろう!
人々は再び楽しげに踊り始めます。

だけどそこには、何となく不穏な空気が漂っているのです……

軽やかな風となって

厚い雲のように、ほこりを畑の上に巻き上げる

そんな風にワルツは誘う!

息を切らせて

息絶えるまで

皆を引きずり回す神様

それは快楽だ!

音楽がだんだん早くなって、不安を煽る感じだね
悪魔だよ。あいつらが、きっと何かやらかすんだぜ
そう、悪魔に導かれたファウストが、どんな風にマルグリートを誘惑していくのか。

次回からはその部分の話になります!

おまけ:

ピアニストのフランツ・リストは編曲も得意だったそうです。彼による『ファウストのワルツ』もすごく素敵。オペラからはちょっと離れますが、ぜひ聴いてみてください。


愛欲の果てに破滅していく人間を描いたこの曲。グノーのメロディーをそのまま使っていますが、リストの手にかかるとこんなにも洗練された一曲に!

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