第11話 慎ましく清らかな家よ

文字数 1,700文字

第4場
一人その場に立ち尽くすファウスト。

マルグリートの住む小さな家は、裕福そうには見えません。けれど掃除やお手入れが行き届き、とても好感が持てます。それは彼女が慎ましく働き者である証拠。

ファウストは畏敬の念を抱きます。

何という未知の不安だろう。

私が恋をしてしまったからだ。


マルグリートよ、私はこうしてあなたの足元に跪いている

ここまで来て、いささか躊躇を覚えるファウスト。

自分は本当に悪魔の手引きで、彼女を誘惑するのでしょうか?


だけどこの家のたたずまいから、ますます彼女に惹かれる自分もいるのです。

ここからファウストによるカヴァティーナ「美しく清らかな家よ」

人間であるファウストのまっすぐな気持ちが現れた、名曲中の名曲です。

挨拶しよう。美しく清らかな家よ

ここは無垢で聖なる魂が住むところ

この貧しさの中に、何という富が

この粗末な家の中に、何という至福が

おお自然よ 彼女をあんなにも美しく育てた自然よ

彼女はお前の翼の下で成長した

お前の見守る中で眠った

お前は愛を込めて、彼女を素晴らしい女性にした

天国からやってきたこの天使を

挨拶しよう 美しく清らかな家よ

ここは無垢で聖なる魂が住むところ

この曲の最後の方には、高いC音のフェルマータが登場します。有名な聞きどころです。
高いC音? 何それ
要するにドレミファソラシドの高い方の「ド」の音で、俗に「ハイC」と呼ばれるよ。テノールの音域では最高なんだ
いかにも音を外しそうだな
まさに難易度も最高の部分だね。それを聴衆も分かっているから、その日の歌手に注目して「この人はどんな風に歌うんだろう?」とその瞬間をワクワクしながら待つのです。


だからテノール歌手にとってはすごくきつい部分だそうです。成功すれば大喝采となるけど、失敗すると大変……

プ、プレッシャーだ……
ハイCをフィギュアスケートの4回転ジャンプに例える人もいるよ
こちらの動画は、リリック・テノール歌手として20世紀後半に大スターだったアルフレード・クラウスさん。亡くなった今も格調高い歌い方が多くの人に愛されています。


この曲はヴァイオリンの伴奏も美しいので、ぜひ耳を傾けてみて下さい!

うお〜、ガツンと来たよ、ハイC!
おいクッキー、ドリンク剤のCMみたいな感想になってるぞ?
この部分、ここぞとばかりに超絶技巧を披露する人と、あえて柔らかく歌う人とがいるよ
それにしても、キレイな歌だねぇ。

主役ファウストの見せ場なんだろうけど、この歌からはむしろマルグリートの健気さを感じるな

理想の女性だよね。

そういう彼女に、ファウストは素直に尊敬の念を抱いています。彼が最初、この世に絶望していたことを思い出してみて! 地に足の付いた暮らしをしている彼女が、ファウストを変えてしまったと言えるのかも

じゃ、このままハッピーエンドでいいじゃん?
それが、二人の元には悪魔が忍び寄ってきているわけで……


今はこの家の清らかさが鉄壁の守りとなっているけど、それを崩すほど悪魔も強いんだよね

ここに悪魔がどうやって介入してくるのか、次を見てみましょう!
第5場
腕の下に箱を抱え、ニヤニヤしながら戻ってくるメフィスト。
気を付けなされ、彼女が来ますぞ

もし花束が勝ったら、オレ様は自分の力を失ったと認めてやろう

そういえば知り合いでもないのに、彼女の家の庭先をうろついている自分たち。

ファウストは急に怖気づきます。

逃げよう。私はもう彼女に会いたくない
何を遠慮なさっているんです?

さあ戸口に宝石箱を置きますよ。期待は十分!!

おお~、宝石箱ときたか。

やっぱり女の子はキラキラに弱いもんね~。悪魔の誘惑だか何だか知らないけど、このプレゼントはいいと思う!

ムムム。男は金持ちじゃなきゃ駄目ってことか
そりゃもう宝石の圧勝でしょ(笑)。シーベル君は野の花を摘んだだけだから、やっぱり厳しいかな。

予想が外れたら、私も「力を失ったと認めてやろう」!

ちなみにゲーテの原作の方では、メフィストはもっとあからさまな表現をしています。

「娘は気が遠くなるほど欲しがること請け合い」、「あの娘の身体は、あなたのおもちゃになる」等々……

(参考:青空文庫)

ひゃー。やっぱり悪魔は恐ろしい……
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