第28話 遥か終焉の地(2)

文字数 583文字

 幼き頃歌った、記憶を辿る。夢の四馬路か、
本宮の町かを、口ずさみながら散策した。
 「旅はるか夢の四馬路の9月かな」
 日本軍隊の本部だったという館は未だ残っていたけれど、
四馬路は何という事はない。ただの町並みだった。膨らんだ
紙風船が萎むように、寂しいような、期待外れの虚ろな気がした。
 南京から無錫へ向かう車の中で、団長から突然行き先変更の
連絡というより、依頼があった。
 団員の伊勢さんの父君が、羊橋で戦死され、終焉の地を何度も
渡中して捜していた所。それを日本贔屓の画家でもあるガイドの
鍚平さんが捜して出してくださったとのことである。

 当時彼(伊勢さん)は2歳。帰還した戦友が父の最期の様子を
母に告げてくれたという。
 全員異存なくコースを変更して、40度を越える誇りの舞う道を
2時間も走っただろうか。

 見渡す限り稲田の続く道で、車は止まった。農道に沿って
水路があり、柳が植えられている。ここが戦場だったなんて信じ難い。
静かで平和な田園都市だ。

 彼は日本から持ってきた香を焚き、一行は長い黙祷を捧げた。
昼下がりの大陸の太陽はじりじりと焼きついた。
 大の男の彼の顔に一筋の光るものを見て、私も目頭を抑える。

 私の父も支那で傷痍し、兄もこの地で命をかけた。
それぞれに胸に去来する何かがあるのだろう。みんな寡黙だ。

 「これでやっと亡母との約束が果たせた」
 彼はポツンと言った。




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