第1話 珍道中

文字数 1,022文字

 「間もなく関西空港に着きます。お忘れ物のございませんよう」
 関西空港へ向かう高速船で寄港を告げるアナウンスが流れた。乗船と同時に寝不足だと言
って寝てしまった同行の彼女を揺り起して、ふとテレビを見ると、朝のドラマ「甘辛シヤン」
が放映されている。今日は見えないと観念していただけに、なんてラッキーなんだろうと、そ
のままテレビを見続けた。ドラマが終わり、さてと彼女を見ると、まだ寝入っている。
胸騒ぎがして窓に目をやる。そこには港らしい岸壁はなく、船は海原を航行していた。
「シマッタ」思わず叫んで声高に彼女を揺り起した。寝ぼけまなこで
「ちょっと天保山に寄ってから関空へゆくから、もうすぐ関空へ着くわ」平然と言う彼女に
「なに言っているの。それは反対よ関空は通過したわ」大声に叫ぶと、彼女もことの重大さに
目が覚めたようである。
さあ大変。飛行機に乗り遅れてしまう。遅れるということは、日本最北端を巡るツアーの旅を
ふいにしてしまうことだ。私たちの様子を見ていた後ろの席の女性が、
「関空で下船者が二人足りないと、何度もアナウンスし、船員さんが捜していましたが、貴女
たちだったの」と呆れ顔。
何ということだ。放送も気付かなかったし、捜しても最前列だったので死角になっいたのだろ
う。打っ手も技もない。「どうしよう」を繰り返しながら己の馬鹿さ加減を笑いで誤魔化して
いた。乗り越し料金の清算など、考える思慮は更になかった。
 天保山に着くなり真っ先に飛び降り走った。船員さんも私たちを追いかけて走ってくる。
乗り越しの清算に追いかけてくるのだが、時間がなくて立ち止まれない。若い彼女の足は早く、
私との距離はだんだん開いてゆく。船員さんは、追いかけるのを止めていきなり私の前に回っ
た。私は走りながら乗り越し料金を払った。「釣りは要らねー」とは言わないから釣り銭を持
って尚も私を追いかけてくる。
 彼女はタクシーを止めて待っていた。信号待ちにイライラしながら四十分後、先刻、素通り
した関西空港へ着いた。下車する時になって運転手は、メーターを倒すのを忘れていたと言う。
「そんなバカな」私は力んだが、彼女は時が惜しいと言いなりに一万三千円也を支払った。
 全日空の受付カウンターでは、ツアーのガイドさんが苛立って待っていた。お詫びもそこそ
こに、それとばかりにまた走った。
 二人はリュックで、最小限の持ち物だったから走れたのだろう。
 飛行機は、私たちを呑み込むと同時に十分遅れて離陸した。

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