第75話 逝く

文字数 875文字

 育ててくれた祖母が逝き、後を追って父も逝った。
10年を経て次兄が動脈破裂で旅立ち、さらに数年を経て夫を彼岸へ送った。
夫の肺は、星を散りばめたような癌に冒されていて、長くて余命8か月と
告知されたが、子供たちと相談の上、夫には明かさないことにした。
本人は察していたことと思う。8か月の間、入退院を繰り返した。
とうとう、合わせたい人があったら合わせてあげてと担当医は示唆した。
県外に居る娘と次男にいつもと少し様子が違う。と、医師の話を伝えた。
 娘はキャンセル待ちで朝帰り、次男も帰った。
 父と娘の恒例である耳掃除をして綺麗に爪を整えた。 
「さっぱりしただろうお父さん」「うんありがとう」

「ところで先生昨夜は一睡もしていない。ちょっと眠らせて」
「そうか、ではちよつよと眠らせて上げよう」半分ほど注射を打った時
「どう?そろそろ効いてきただろう」
「ちっとも効いてこない」
それは夫の最後の声だった。注射の最中に異変が起き、そのまま帰らなかった。
無念だか、時間の問題だっだ命、苦しまずに逝ったことは救いだった。
注射と量が気になったが、問わないことにした。

 この時から私の安楽死思考が芽生えた。「ビンコロ」と逝きたい。
平成5年5月リビングウイルに入会した。
7月に入り、リビングウイル190号が届いた。
私はまず四季の歌を開け口ずさむ。心なごませてからページをくる。
ソプラノ歌手、鮫島有美子ざんの入会がトップを占めていた。

有名人は絵になり広告塔になるようだ。

 どうせ一度は死ぬんだから、苦しまずに楽に死にたい。
万人の願いだ。それは、自分のためだけでなく残された
もののためでもあると信じている。入会から3○年が経った。
友人、知人の多くは鬼籍に入った。
土用というのに心の中は秋の風が吹いてくる。。
私は信頼できるK先生に最後を委ねて帰りのない旅に立つ。
物心ついた時からあの世では母に会えると信じていたが、
死んだら、ただの物体になると思う。あの世はない。
 感謝を残して私は、大往生する。
 子たちよ。はらからよ。そして先生。ありがとう。
 いい人生だったと、自分に言い聞かせている。









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