第23話

文字数 937文字

 そんなことを四回繰り返し、ようやく美由紀は納得した顔で笑みを浮かべた。

「ありがとう梨乃、ようやく本番でのイメージが固まったわ」

 ホッとした顔の親友を見ると、梨乃も安心した。

「良かったね。さ、もうお昼だからオムライス作るね」
「うん」

 主に梨乃が作り、美由紀が食器などの準備をして昼食を摂った。洗い物をしながらも
「ね、本当にお隣さんとは何もないの?」 
 としつこく聞かれては、苦笑するしかない。

 確かにアルトサックスを吹く姿にちょっと心がときめいたが、そんな事をうっかり口走ろうものなら、みたび暴走が始まってしまう。

「何もないってば。ただの隣人だもの」

 何だつまんないのと言いながらも、美由紀は梨乃の性格を判っている。嘘はついていないと判断すると洗い物を手伝った後に帰り支度を始めた。

「じゃあね美由紀。試験、頑張ってね」
「ありがとう。お隣さんと何か進展があったら、教えてね」
「あるわけないじゃない。もう、なに言ってるの」

 ちょっと頬を染めて反論するが、美由紀は尚もからかってくる。

「えー? 女子校にいると出会いってないじゃない。梨乃は合コンにも出てこないし。恋を知らないままだと、表現の幅が狭まっちゃうよ?」

 それは確かに一理ある。音楽に限らず表現者は、様々な感情を表さねばならないと。クラシックの中にも恋をテーマにしている曲は多い。美由紀は将来、オペラ歌手になるのが夢だと語っている。オペラには恋のアリアがたくさんある。恋を知らない人間が恋をして傷つき悩む姿を、どうやって表現できようか。ピアノだって同じ事が言える。表現者として恋をして学ぶことも多々あるというのが、美由紀の持論だ。言わんとすることは判るが、そんな安直に恋に落ちるものだろうか。確かに少しドキッとしたが恋ではないと、梨乃は思い込もうとした。というより、恋がどのようなものか判らない、といった方が正しいだろう。

「ま、興味本位で言いだしたことだから、あまり真剣に受け取らないでよ」

 そう言って笑うが、絶対に美由紀は楽しんでいる。何せ幼稚舎の頃からの付き合いだ、それくらいは目を見れば簡単に判る。馬鹿馬鹿しいと思いつつも、将来的にはどうなるかは判らないと……ちらりと心に浮かんだ考えに、梨乃は気付かないふりをした。
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