第16話
文字数 1,248文字
恭一は高校生の時からバンドのメンバーとしてステージに立っていた。さすがに大学四年になると教育実習や卒論で忙しくなって店に顔を出す機会は減ったが、久しぶりに客の前で演奏をする機会を与えてくれる神崎に感謝したと同時に、疑問が湧く。
「あれ? ピアニストがいないってどういうことですか?宮前 さんはどうしたの?」
昨年までピアノを担当していた宮前朋美 の名前を出せば、電話の向こうで神崎が苦笑する気配が伝わってきた。
『宮前さんは今年、大学四年だろう? 内定がまだ貰えないからって、辞めたよ』
宮前は音大生だ。梨乃と同じくクラシックが専門だがジャズも好み、大学一年の時からアルバイトで弾いていた。恭一とも二年間、一緒に演奏した仲だ。
「そうか、宮前さんもう四年生だっけ」
『ところで恭一君、隣室が埋まったって聞いたけれど』
妙に弾んだ声の神崎とは対照的に、恭一の声は沈む。
「誰に聞いたんですか? 耳が早いですね」
『佐和子 さんから聞いたよ』
やっぱりと、恭一は肩を落とした。まあ、予想していたことではあったが。
佐和子こと塚田 佐和子は父方の叔母で、神崎がオーナーのレストランバーの常連客でもある。佐和子は楽器を演奏することは出来ないが、亡兄の影響でジャズは好んで聴いていた。面倒見の良い性格で、兄夫婦が亡くなった後も何かと甥を気にかけてくれる、恭一にとって頭の上がらない親族だ。
『何でも吉柳に通う女子高校生だって? なあ恭一君、その彼女はジャズに興味はないかな』
言いたいことを察した恭一は背中に嫌な汗をかきつつ、若干語気を鋭くして出端を挫こうと試みた。
「駄目ですよ神崎さん。高校生の彼女にピアニストとしてアルバイトをさせる気でしょう?」
見事に思惑を見抜かれた神崎は苦笑しながら、駄目かなと問うてきた。わざとらしく大きなため息を吐き、恭一は牽制する。
「本人に確認してみないと判りませんよ、そんなこと。ジャズも演奏したことがあるみたいですけれど、彼女はあくまでもクラシックが専門ですから、承知しないかも知れませんよ?」
『その辺は判っているさ。でも、もしも興味があるのならばお願いしたいと思ってさ。一応、話をしてみてくれないか』
期待しないで待っているよと、笑いながら神崎は通話を終えた。面倒くさいなと思いつつも、折を見て話をしてみようと心密かに決意する。どんな些細なことであれ、彼女と会話が出来るならば機会を逃したくなかった。さっそく電話してみようかなと思ったが、すぐに思い直した。つい数分前に彼女の部屋の前を通ったときに聞こえたピアノの微かな音は、一心不乱に練習していることを物語っている。
今回のミニコンサートはピアノ抜きでも構わないだろう。別にピアノがなくても他にメンバーは居るし、セッション自体は成立する。そう思考を切り替えると再びケースからアルトサックスを取り出した。久しぶりに人前で演奏するのだ、恥をかかぬ程度に練習を念入りにしたかった。
その日、二人の部屋にはかなり遅くまで楽器の音色が響いていた。
「あれ? ピアニストがいないってどういうことですか?
昨年までピアノを担当していた宮前
『宮前さんは今年、大学四年だろう? 内定がまだ貰えないからって、辞めたよ』
宮前は音大生だ。梨乃と同じくクラシックが専門だがジャズも好み、大学一年の時からアルバイトで弾いていた。恭一とも二年間、一緒に演奏した仲だ。
「そうか、宮前さんもう四年生だっけ」
『ところで恭一君、隣室が埋まったって聞いたけれど』
妙に弾んだ声の神崎とは対照的に、恭一の声は沈む。
「誰に聞いたんですか? 耳が早いですね」
『
やっぱりと、恭一は肩を落とした。まあ、予想していたことではあったが。
佐和子こと
『何でも吉柳に通う女子高校生だって? なあ恭一君、その彼女はジャズに興味はないかな』
言いたいことを察した恭一は背中に嫌な汗をかきつつ、若干語気を鋭くして出端を挫こうと試みた。
「駄目ですよ神崎さん。高校生の彼女にピアニストとしてアルバイトをさせる気でしょう?」
見事に思惑を見抜かれた神崎は苦笑しながら、駄目かなと問うてきた。わざとらしく大きなため息を吐き、恭一は牽制する。
「本人に確認してみないと判りませんよ、そんなこと。ジャズも演奏したことがあるみたいですけれど、彼女はあくまでもクラシックが専門ですから、承知しないかも知れませんよ?」
『その辺は判っているさ。でも、もしも興味があるのならばお願いしたいと思ってさ。一応、話をしてみてくれないか』
期待しないで待っているよと、笑いながら神崎は通話を終えた。面倒くさいなと思いつつも、折を見て話をしてみようと心密かに決意する。どんな些細なことであれ、彼女と会話が出来るならば機会を逃したくなかった。さっそく電話してみようかなと思ったが、すぐに思い直した。つい数分前に彼女の部屋の前を通ったときに聞こえたピアノの微かな音は、一心不乱に練習していることを物語っている。
今回のミニコンサートはピアノ抜きでも構わないだろう。別にピアノがなくても他にメンバーは居るし、セッション自体は成立する。そう思考を切り替えると再びケースからアルトサックスを取り出した。久しぶりに人前で演奏するのだ、恥をかかぬ程度に練習を念入りにしたかった。
その日、二人の部屋にはかなり遅くまで楽器の音色が響いていた。