第12話
文字数 878文字
今日は四月五日。梨乃の通う吉柳 女子学院の入学式は七日で、始業式は八日だ。何だか街全体が慌ただしくなってきたなと思いながらカードキーを出していると、今度は恭一が部屋から出てきた。
「神保さん、おはようございます」
挨拶をしてから気付いたが、今朝の恭一は真新しいスーツ姿だ。初めて見る姿に、少しだけ心が騒いだ。普段のカジュアルな格好しか見ていない彼女にとって、スーツ姿の恭一は大人の男に見えた。
「おはよう鮎川さん。走ってきたの?」
こちらに歩み寄りながら笑顔で挨拶を返してくる彼に、梨乃の頬が無意識に薄く染まっていく。同時に汗臭くないかしらと、気になって仕方がない。平静を装うも少しばかり挙動不審になったが、恭一は気付かなかったようだ。
「一時間ほど、身体を動かしてきました。神保さんは、今日から学校ですか?」
「ああ。神無城 は中高共に今日が入学式で、明日が始業式。今日は新任教師たちの赴任挨拶も兼ねた出勤なんだ。吉柳はまだ始まらないの?」
「明後日が入学式で、始業式は三日後なので、まだ春休みです」
「羨ましいなぁ。俺も、もうちょっと春休みを堪能したい……って言っている場合じゃなかった。ごめんね鮎川さん、もう時間だから行くね」
「はい。行ってらっしゃい」
梨乃は何気なく言ったのだが、恭一の方は一瞬驚いたような表情 になったが、、程なくいつものように笑みを浮かべると少し照れくさそうに
「行ってきます」
と言いエレベーターに向かった。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送ると部屋に入り、シャワーを浴びた。トーストの準備をしながらハムエッグとサラダを作り、コーヒーを煎れてのんびりとひとりきりの朝食を摂る。最初は寂しかったが今では慣れた。食器を手早く洗って片付けると、掃除や洗濯など一通りの家事を終えピアノに向かった。軽く目を閉じ集中力を高め、自分の最高の演奏を脳内でイメージしてから鍵盤の上に指を滑らせ始める。新学期はもうすぐだ。本格的な指導が入る前に少しでも「皇帝」を自分のものにしておきたかった。旋律が室内に流れると同時に、梨乃の脳裏から全ての雑念が消え去っていった。
「神保さん、おはようございます」
挨拶をしてから気付いたが、今朝の恭一は真新しいスーツ姿だ。初めて見る姿に、少しだけ心が騒いだ。普段のカジュアルな格好しか見ていない彼女にとって、スーツ姿の恭一は大人の男に見えた。
「おはよう鮎川さん。走ってきたの?」
こちらに歩み寄りながら笑顔で挨拶を返してくる彼に、梨乃の頬が無意識に薄く染まっていく。同時に汗臭くないかしらと、気になって仕方がない。平静を装うも少しばかり挙動不審になったが、恭一は気付かなかったようだ。
「一時間ほど、身体を動かしてきました。神保さんは、今日から学校ですか?」
「ああ。
「明後日が入学式で、始業式は三日後なので、まだ春休みです」
「羨ましいなぁ。俺も、もうちょっと春休みを堪能したい……って言っている場合じゃなかった。ごめんね鮎川さん、もう時間だから行くね」
「はい。行ってらっしゃい」
梨乃は何気なく言ったのだが、恭一の方は一瞬驚いたような
「行ってきます」
と言いエレベーターに向かった。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送ると部屋に入り、シャワーを浴びた。トーストの準備をしながらハムエッグとサラダを作り、コーヒーを煎れてのんびりとひとりきりの朝食を摂る。最初は寂しかったが今では慣れた。食器を手早く洗って片付けると、掃除や洗濯など一通りの家事を終えピアノに向かった。軽く目を閉じ集中力を高め、自分の最高の演奏を脳内でイメージしてから鍵盤の上に指を滑らせ始める。新学期はもうすぐだ。本格的な指導が入る前に少しでも「皇帝」を自分のものにしておきたかった。旋律が室内に流れると同時に、梨乃の脳裏から全ての雑念が消え去っていった。