第9話

文字数 1,235文字

静かな草むらで、私達は言葉を発せず、
ただ抱き合っていました。

「(このままずっと、紗和さんとこうしていたい。)」

と思いましたが、それは叶わず。

「紗和さん、もうすぐあの寮を出るねん。」

ゆっくり紗和さんを抱き締めている腕を緩めました。

「そう…。そう、やんね。
あれは学校の寮やもん。」
「どこに配属になるか分からへんけど、
絶対に手紙を書くから。」
「…うん。」
「紗和さんも、出来たら返事を書いて欲しい。
それが、生きる希望になるから。」
「うん、書く!」

今度は紗和さんから抱き着いてくれました。
私はそれを、優しく受け止めました。

「そろそろ戻ろうか。」
「うん…。」

とても名残惜しい気持ちでいっぱいでしたが、山を降りるまで、手を繋いでゆっくり歩きました。



「ただいま」

寮の部屋に戻ると、長谷川くんが、
竹刀を持った米田くんと白川くんに捕まっていました。

「ぅえぇぇええ!!??
何があったん!!?」
「昴…!助けてくれ…!!」

色々と突っ込みを入れたい所が沢山ある状況で、長谷川くんが私に助けを求めました。

「おぅ、昴。帰ったか」
「何がどうしてこうなったん!?」
「稔。昴を捕まえるんや!!」
「任せろ!!!」

逃げようとしましたが、白川くんの方が動き出すのが早く、
直ぐに捕まってしまいました。

「さぁて…やっと捕まえたでぇ…」
「観念して全部吐け!!」

米田くんと白川くんが、謎の笑みを浮かべながら、竹刀を持って迫って来ます。

「だから、何を吐くんやってさっきから言ってるやろ!!」
「長谷川くん、僕ら何かやらかしたっけ?」
「何もしてへんわ…。」
「“何もしてへん”…?よう言うなぁ…進さんよぉ。」
「(いつもの穏やかな白川くんに戻ってくれ…!!)」

「お前ら、いつの間に恋人を作ったん?」

「!!?」

さっき紗和さんとお互い好きだと気持ちを伝えあったばかりなので、
心臓が止まるかと思いました。

「(って、長谷川くんも!?)」
「あぁ…先週から、松本莉子さんとお付き合いをしてるねん。」
「(え!?いつの間に!!?)」
「いやぁ、めでたいなぁ!母さん。」
「そうねぇ。お父さん。」

いつの間に米田くんと白川くんが私の両親になったのでしょうか。

「昴くんは?」
「紗和ちゃん?」
「う…。はい、紗和さんです…。」
「話したから、もう解放してくれよ!」
「いーや!馴れ初めと、あとどこまで行ったか答えないと解放出来んなぁ。」
「拘束されんくても、普通に話すから!!」



何とか解放されました。
長谷川くんと松本さんは、どうやら長谷川くんをお店に連れて行ったあの日。
松本さんが長谷川くんに一目惚れしたそうです。
思い返せば、ちらちらと長谷川くんの方を見ていた気がします。

「莉子さんは紗和さんの親友みたいで、
よく会いに来ていたんや。
その時にたまたま再会して、手紙のやり取りをして今に至るって訳や。」
「昴くんが、恋のキューピットって訳やね♪」
「お前何かニヤニヤしてるなぁと思ったら、それやったんか!」
「(この2人…特に米田くんって、周りをよく見ているよなぁ。)」
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