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文字数 1,626文字

「美の基準はヒトそれぞれですので判断しかねます」

 ローンに至極(しごく)まっとうなことを言われてソロは苛立(いらだ)った。

「ガタガタ言わずに美少女(仮)であるオレを(たた)えろ」

「女王様に会わせてくれなきゃ(たた)えません」

 ソロはローンを無視してトイレの標識に向かって移動した。

 トイレに行けば鏡が見られる。
 自分の女っぷりがどれほど上がったのか、早く確認したい。

 もしかしたら、この美少女(仮)っぷりで『男のきのこ』になったリョウを振り向かせることができるかもしれない。
 
 何度も心折れた修行ではあったが、厳しい美少女修行に耐えて本当に良かった。
小豆相場(あずきそうば)なみに変動の激しかったソロの日経平均ラブ価もこれで安定するであろう。

小豆相場(あずきそうば)・・・20世紀に発生した投機大相場(とうきおおそうば)。小豆はかつて「赤いダイヤ」と呼ばれ、先物取引の花形だった。 冷害等により収穫量が数倍の幅で頻繁に増減し、単価が乱高下した。


「オレ、好きな男子に、振り向いてもらえるかな」

「どうでもいいです、そんなこと。だいじなのはじょおうさまですじょおうさ」

 ソロはもうローンの話が耳に入っていなかった。

 トイレの前にたどり着いたところで、中からキャピタルが出てきた。

 軍のサイレンが鳴っているというのに、今の今まで呑気にウンコしていたのか。


「キャピタル、逃げるぞ」


ソロが声を掛けると、異変が起きた。


「何で、テメーがここにいんだよ」

「は? 」
 
キャピタルはソロを見るなり、いきなり臨戦態勢に入った。バンクを若くしたような険しい表情から、敵意のこもった眼差しを向けられ、ソロは足がすくんだ。


 キャピタルから向けられた敵意には、地上でデカい顔をして繁栄を謳歌した純粋な人間の傲慢さがストレートに出ていた。

 意味のないものにまで意味を求めすぎて『この世に意味の無いモノはない』と思い込んでいる人間特有の横暴さが、役立たずで汚らしいものを見るような視線に集約されている。

 人間は『意味が無い』ということが許せない生き物だ。

 キャピタルの冷たさに、先ほどのリョウの眼差しの冷たさが重なり、ソロは声を出すこともできなかった。


「パパに触んな! 」


 結構な距離があったはずなのに、キャピタルに瞬時に間合いを詰められて、ソロは突き飛ばされた。両肩に激しい衝撃を受け、後ろに倒れ込んで尻もちをついた。


途端、


「リロォォオマッソァアアアル! 」


 巻き舌の雄たけびと共に、ローンが車椅子から立ち上がり、キャピタルの顔面をグーで勢いよくブン殴った。

 キャピタルはその衝撃で廊下の壁に激突し、ちょっと壁にめり込んだあとに膝から崩れ落ちた。

「テメーは弱いモンに手ぇ上げるために体鍛えてんのかッ」

 突然のローンの猛々しさとグーパンの威力に、ソロは唖然とした。
 ブン殴られたキャピタルがピクリとも動かない。

「死んだ? 」

「自分で確認しなさい。見ろ、安らかな顔しやがって・・・・・・」

 それは死んだ者に掛ける言葉なのだが。

「残念ながら、気を失っているだけだ」

「そっかぁ」

 ローンは93kgのキャピタルを軽々と肩に担ぎあげた。

「おじさん超元気じゃん。なんで入院してんの」

「そんなことよりじょおうさまだじょおうさまつれてあそびにこいじょおうさまの」

 もう二度と会うことは無かろう。

「元気でね、おじさん」

「待て、どこへ行く。じょおうさまのけんくれぐれも」

 ソロは一緒に避難所へは行かず、ダッシュで病院の外へ出た。

 み空ゆく捕食者だったら、自分が離れれば事足りる。

 病院から出たソロは、旧江戸川の土手に登った。飛び交うバッタ共に芝生は食い荒らされて、砂と黒っぽい地面一色の荒涼とした風景が広がっている。

 オマケに灰まで降ってきて、ますます視界が悪くなる。
 旧江戸川も、風で波紋が現れるだけで、この時期に渡って来るカワウ一匹いやしない。


 キャピタルに突き飛ばされた両肩が痛い。ソロは彷徨(さまよ)うようにバス通りに沿って歩き出した。このまま捕食者に見つかって、食べられてしまいたかった。

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